盲目的愚かさとそれを羨むあたしの無様



結局白戸からの引き抜き話は徹底的に拒否して、embrasse-moiの仕事に集中する事にしたが、今日の撮影にも彼は図々しく現れたので無視することにした。
撮影のコンセプトは「お家デート」で黄瀬のお相手は新人モデルの鈴木マナだ。
シンプルな部屋のセットの中で仲良さそうに密着する二人はお似合いのカップルそのもの。

ベロア素材のジャージは人気スポーツメーカーとのコラボで、鮮やかなロイヤルブルーを着こなす黄瀬の背番号であるZのワッペンが胸元に付いている。
やっぱり黄瀬にはロイヤルブルーが似合うと思っていると、自然と繋がれた二人の手に璃乙の視線は移っていた。


「本当に高校生カップルって感じで可愛い!」

「そうですね、」

隣に立っていたヘアメイクの桜庭に言われて小さく頷くとチクリと胸に何かが刺さった気がする。
フードを頭にかぶせると「やめてよ」なんて嬉しそうに笑う鈴木を愛し気に見つめる、琥珀色の瞳はこの間は璃乙に向けられていたものだ。

ソファーの前で自分の両足の間に鈴木を座らせて、その肩に顎を乗せる黄瀬を見たところで、璃乙はスタジオから出てしまっていた。
撮影とは言え仲睦まじい二人の姿に気持ちが掻き乱されて、落ち着こうと自販機で買った紙パックのジュースを口に含む。
苛立ちからストローを噛み潰した事には気付かずに、次の衣装を進行表でチェックしてから控え室へ向かった。


「このベロア、触り心地最高っスね」

ジャージを脱がされながら話す黄瀬はご機嫌で、璃乙はそんな事にもイラッとする。
無言で次の衣装のパーカーを羽織らせた後に、不穏な空気を感じた黄瀬が口を開いた。


「藍田さん…何か怒ってる?」

「別に」

「だって撮影中にスタジオ出ちゃうし」

「…見ていたくなかったから」

「嫉妬した?」

ファスナーを上げた途端にずいっと顔が上から近付いて、ムッとしながら「違う」と呟き後ずされば背中に冷たい感触。
不敵な笑みを浮かべる黄瀬に壁際に追い詰められていた。


「オレさ…。あんましベタベタすんの嫌いだけど、撮影中は相手が藍田さんだと想像してみたんだ。そしたらすげー自然に笑えたし、相手の子に優しく触れられた」

「…え、」

「でも藍田さんの髪の方が柔らかいな、とか。藍田さんの匂いの方が好きだな、とか…。藍田さんを抱き締めたいな、とか。そんなんばっか考えてた」

「ちょ…、止め、」

「あー、藍田さんの匂いだ」

黄瀬の広い胸に閉じ込められて、うなじをクンクンと嗅がれて身を捩る。
新品のパーカーの匂いではないフルーティな香りが璃乙を包み込み、服越しの体温さえも心地好く感じていたが、逞しい胸板を両手でなんとか押し返した。


「仕事場でこんなこと、止めてよ」

「だって藍田さんが肝心な事を言わせてくれないから、オレは態度で示すしかないじゃん」

唇を尖らせてセットされた髪をそっとかき上げてから黄瀬は言った。


「…黄瀬君」

「そんな顔しないで。藍田さんが嫌がる事はしないつもりだから。でも藍田さんがあいつに傷付けられたらオレ、絶対に許さない」

「…うん、」

「体調は良くなったみたいっスね」

「黄瀬君も」

「藍田さんのおかげっスよ」

頭を大きな手で撫でられただけで安堵してしまう程に、黄瀬に心を許して惹かれている自分を璃乙は認めていた。
先ほど指摘されたように彼女役のモデルに子供染みた嫉妬なんて、白戸と不倫を続け黄瀬からの告白を拒否する璃乙には、そんな権利等は無いはずなのに。


「今の藍田さんの匂いと感触だけで、今日の撮影を乗り切れそう」

「なんかその言い方、やらしい」

「ヒドッ!」

「黄瀬君、そのジャージ買い取りたいんでしょ?メーカーに連絡しとくから、撮影頑張って」

「はいっス!藍田さん、ありがとう」

無邪気な笑顔にほだされて着せた衣装をチェックしてから再びスタジオへ揃って向かった。


20130222
20130303追加修正


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