落下するポラリス 翌朝璃乙はembrasse-moiの編集長、渡辺からの着信で目覚めた。 本来ならオフだが大切な話があると言われて、お昼に編集部で待ち合わせることになった。 昨晩の黄瀬からの話で今までと現在の自分を認められた事実が、璃乙を勇気付けた上に自信も持たせてくれている。 告白されるのではと、やんわり止めたことは後ろめたさがあるが、友達としての位置付けでしか今は彼の気持ちに答える余裕がない。 複雑な気分で出掛けた先では、思いがけない話が待ち受けていた。 「ナベさん…、嘘でしょ?」 「いや、本当なんだ」 今朝の会議後に白戸が自分の雑誌のスタイリストに璃乙を引き抜きたいと言ってきたらしい。 これがembrasse-moiの仕事前だったならば喜んで引き受けたかも知れないが、今は了承出来る訳もなくむしろ、嫌がらせにしか思えなかった。 「白戸さんは大先輩だし育てて貰った恩もある。でもね、俺は黄瀬君と緋川さんと藍田ちゃん、それから信頼するスタッフを集めてembrasse-moiに賭けてるんだ」 「私だって同じ気持ちです」 「うん。だから藍田ちゃんを手放す気は更々ない。ちゃんと気持ちを確認したかったんだ。白戸さんには直ぐ断ったけど、藍田ちゃんは自分の雑誌を選ぶって言われちゃってさ」 白戸と璃乙の関係を知る数少ない人物なので、色々と気を遣ってくれたのだろう。 ノリは軽いがスタッフの気持ちを無視するような人ではない。 「そういう私的なものは関係ないし、私は…embrasse-moiで自分を試したいし、皆さんと一緒に頑張りたい、です」 「ありがとう、藍田ちゃん。凄い嬉しいよ。これからも宜しく!」 出会った頃から変わらない優しさが嬉しくて、握手をしながら璃乙には笑顔が浮かぶ。 自分から断ると渡辺に言うと心配されたが、白戸と直接会って話したかった。 「断る…?なんで?単独スタイリストで、俺の雑誌でスタイリング出来るんだよ?」 「もう私を含めたスタッフで企画が纏まってる。今更投げ出したくないの」 「そんなに黄瀬君と一緒が良い訳」 ふーん。と不機嫌に顔をしかめて白戸は煙草の灰を乱暴に灰皿に落とす。 「黄瀬君は関係ない」 「昨日、一緒にいたんでしょ。高校生モデルを食っちゃうなんて、璃乙は随分と淫乱だね。それに黄瀬君も噂通りにチャラいんだなぁ」 「違っ、」 「璃乙はセックス大好きだから、僕にほっとかれて寂しかったの?我慢出来なかった?」 黄瀬と一度だけ関係を持ったのは本当だが、白戸の言葉には腹が立っていた。 逢瀬はどうしても夜なので情事中心になるのは仕方ないのに、璃乙をそんな目で見ていたのはかなりショックだ。 「彼、バスケで鍛えてるし…若いから凄かったでしょ」 「そんなの知らない」 実際は覚えていないだけだが、下世話な物言いに耳を塞ぎたくなる。 白戸は大学時代にアメフトをしていて長身だし年齢の割には体力もあり、余裕綽々に見えて黄瀬に張り合う幼稚な部分があるようだ。 「何でそんなに黄瀬君にこだわるの?まさか嫉妬?」 「そうだね…嫉妬なのかな」 「嘘つき」 「嘘じゃないよ。黄瀬君に璃乙を盗られたくないし」 「白戸さん、やだ」 煙草の匂いと共に近寄る身体に抱き締められて、形式的な拒否をしても無駄だった。 「嫌じゃないでしょ。高校生の黄瀬君なんか忘れる位、気持ち良くしてあげるよ」 「ん…、あっ」 耳たぶに熱い息を掛けられて裏を執拗に舐められると、何時も通りに身体から力が抜けてしまう。 「会えなかった分も可愛いがるからさ、僕の雑誌でスタイリングしてよ」 「だか、ら…しないってば」 「本当に強情な子だね」 結局白戸に散々鳴かされる羽目になっても、最後まで璃乙は引き抜きの話は拒絶し続けていた。 20130217 |