いとしい気持ちの育て方 「藍田さん」 「ん…」 黄瀬の掠れた声で目を覚ますと二人の手が繋がれていたせいか互いの手汗で湿っていた。 「黄瀬君、おはよ。わ、凄い汗かいてる。拭いた方がいいよね」 額や襟足に髪が張り付き触れたパジャマもしっとりと汗ばんでいて、璃乙は慌ててタオルをバッグから取り出す。 「早く脱いで」 「え、ちょ、」 嫌がる黄瀬のパジャマのボタンを素早く外すと、更に抵抗されたが無視した。 彫刻みたいだな、と思う程に鍛えられた胸筋に手を伸ばせば、ビクリと大袈裟に身体を跳ねさせるウブな反応が可愛い。 「藍田さん、もっと優しく拭いて…痛たたっ!」 「あ、ごめん」 「病人に酷いっス…。乳首取れたらどうするんスかー」 「取れたら私が縫ってあげる。ソーイングセット持ち歩いてるし」 「うわぁ…無駄にいい笑顔」 実際璃乙は病人の看病なんて初めてのことで多少力が入っていて焦り気味で、しかも風邪で掠れた黄瀬の声が艶っぽくて内心、動揺してしまっていた。 スウェットに着替えさせて背中に違うタオルを挿し込み再び寝かせる。 「もうちょっと寝てなよ」 「あ……うん。でも、」 「何?」 「もう藍田さん、帰っちゃう?」 レンタルしてきた衣装を今日中にショップに返却しなければいけないが、不安そうな黄瀬の顔を見ると帰り辛かった。 体調の悪い時に甘えたり頼ったりしたいのは子供だけではないと、一人で暮らし始めてから痛感していたので尚更だ。 「衣装をショップに返却してからまた来るよ。だから寝てて?」 「絶対っスよ?」 小指を差し出されて指切りだなんて小学生以来だと苦笑したが、安心させられるなら良いかと自分の小指を絡めた。 「指切りげんまん。じゃあ、行って来る」 「あ、藍田さん。合鍵持ってって。そこにあるやつ」 「はーい」 サイドテーブルの上から鍵を取ると黄瀬は口元まで布団を引き上げて、璃乙を切れ長の瞳で瞬きもせずに見上げている。 「なんか黄瀬君、猫みたいで可愛い」 「なんスか、可愛いって」 「毛の色がアビシニアンだし、猫目で細マッチョでしなやかな感じも猫っぽい。私、猫好きなんだよね」 「……そっスか」 もぞもぞと布団に顔を隠そうとした時に耳が赤くなっていた気がしたが、立ち上がりポンポンと膨らんだ布団を軽く叩いた。 「じゃ、行ってきます」 「行ってらっしゃい」 「そこは『行ってらっしゃいにゃあ』でしょ?」 「言わないっスよ!」 ずぽっと布団から顔を出てきた顔はやはり赤く染まっていて、璃乙はニヤニヤと笑いながら部屋を出て行った。 スーパーに立ち寄ってからマンションに帰ると、まだ黄瀬は眠っている。 もう夕刻なのでご飯を作ろうと材料を買ってきたのだが、正直料理は苦手なのでちょっと緊張していた。 しかし黄瀬を少しでも元気づけたい、笑って欲しいと願う気持ちが今は強くなっている。 彼から受けた恩を返したいという義理的なものとは明らかに違っていた。 「黄瀬君、キッチン借りるね」 すやすやと眠り続ける黄瀬の小さな頭を撫でてから、冷えピタを貼ってやると立ち上がる。 黄瀬が作ったカルボナーラには及ばないとは思うが、昔母親が寝込んだ自分に作ってくれた料理を思いだしながらキッチンに向かっていた。 20130215 |