恋人風におねがいします



メイクを落としてリビングに戻ると黄瀬は何か食べるか、薬はあるかと聞いてきた。
薬は前に病院で貰った残りがあるけど食欲なんてないよ、と言った途端にグーッとお腹が鳴りプッと吹き出される。
考えてみれば朝にクロワッサンを食べてから、昼にコーヒーを飲んだだけだ。


「何か食べないと薬飲めないっスよ」

「作るのが、めんどい」

「オレが何か作るんで。てか藍田さん、素っぴんでも可愛い」

ソファーに並んで座ると黄瀬に真顔で言われて、何と返して良いのか解らない。


「まつエクしてたんスね」

「あー、付けまつ毛嫌いなんだよね」

「それにメイクで垂れ目にしてるのかと思ってたら、元から垂れ目なんだ」

「黄瀬君、見過ぎ」

まじまじと見られるのが恥ずかしくそっぽを向くと「照れちゃって可愛いー」と冷やかされてクッションをぶつける。


「年上をからかうなバカ」

「はいはい。じゃ、ご飯作るんで良い子で待ってて」

冷蔵庫開けさせて貰いますと律儀に言われて、ご自由にどうぞと返すと黄瀬はキッチンへ向かっていた。
程なく漂ってきたオリーブオイルの香りに食欲を刺激されて、本当に風邪をひいているのかと自分の体調を疑う。


「冷蔵庫、殆ど飲み物ばっかっスよ」

「料理苦手なんだもん」

「外食ばっかじゃ身体に良くないし…まぁ、とにかく食べよっか」

ローテーブルに置かれたのはうどんだった。


「パスタ無かったんで、うどんでカルボナーラ作ってみたんスよ」

「凄い良い匂い」

いただきます、と言ってから一緒に食べたカルボナーラうどんバージョンは驚く程に美味しい。


「黄瀬君て料理上手いんだね」

「割と自炊してるもんで」

ご馳走様の後にありがとう、とお礼を言うと「いいんスよ」と優しい笑みを浮かべていた。
食後に熱を計ると37.5度で低体温気味な璃乙にとってはかなり辛い。


「薬飲んだら暖かくして寝るっスよ」

「うん」

なんかお母さんみたいだなと笑いそうになるが、体調の悪い時に心配して側に居てくれる事が嬉しかった。
満腹になり何時もの習慣で煙草ケースに手を伸ばすと素早く奪われる。


「煙草禁止」

「一本だけ、お願い」

「口寂しいんならオレの唇で塞いであげる」

「もう寝ようかな」

「完全スルーされた!」

自分の部屋に向かいベッドに横たわると黄瀬は膝をついて見守っていた。


「黄瀬君、テスト前なんでしょ?もう帰った方が良いよ」

本当はもう少し側に居て欲しかったが、布団を口元まで上げて帰宅を促す。


「藍田さんが眠るまで居たい…ダメ?」

「ダメ…じゃない、けど」

「家近いから気にしないで」

ね、と頭を撫でられる心地好さに瞳を閉じて小さく頷いたが、再びパチリと目蓋を開いた。


「なんスか?寒い?」

「ううん…。今日の黄瀬君、いい男だなって思って」

いい人でもカッコいいでもなく、心底そう思って口にすると、黄瀬は照れたように髪をかき上げている。
最初はチャラい今時の高校生だと思っていたのに、中学生からのモデル業で大人に囲まれていたせいか、空気を読めるしちゃんと敬語も使って礼儀正しい。

出会った当時は明らかに値踏みするみたいな発言や態度だったが、璃乙のスタイリングを認めてからやっと心を開いた気がする。
仲良くなってあんな過ちがあったにも関わらずに、こんなに親身に世話をしてくれるなんて今日は驚いてしまった。


「オレ、これからすげーいい男になるんで藍田さん、予約しといた方がいいっスよ」

「自分で言っちゃったよ」

「言ったもん勝ちっしょ?」

自信満々な顔に呆れていると薬を飲んだせいか眠気に襲われて目蓋が重い。


「…黄瀬君、今日は…ありがとね」

「うん」

「本当、は…。心細かったん…だ」

「そんなん知ってた」

眠りの底に落ちる直前に漏らした璃乙の寝言めいた素直な言葉を聞いてクスッと笑みを零す。


「本当に寝てる時は素直で可愛いっスね」

おでこの冷えピタに絡まる前髪を整えるように撫でれば、ふにゃりと安心して緩む普段より少し幼い顔に和んでいた。


20130203


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