スタージュエリーに墜落



撮影が終わる頃には立っているのがやっとの状態で、スタジオに白戸が来ているのも嫌で早く帰ろうと控え室に戻った。
着替え終わった黄瀬にはお見通しらしくて、送っていくと言われたが自分で運転して帰れる、と意地を張れば強引に手首を掴まれる。


「マジでオレ、怒るよ?」

「病人に怒るな。運転出来ない癖に」

「それは禁句。助手席に居るだけでも安心でしょ?ほら、一緒に帰ろ」

璃乙の重いカートを素早く奪った黄瀬に連れられて、控え室を出るとタイミング悪く白戸と鉢合わせしていた。


「藍田さん、黄瀬君、お疲れ様」

「あ、お疲れ様です」

ペコリと頭を下げるだけの璃乙と、挨拶した黄瀬を交互に見てから白戸は口を開く。


「embrasse-moi、売り上げ期待出来そうだね」

「当たり前ですよ。メインがオレでスタイリングが藍田さんなんで」

白戸が編集長を務める三十〜四十代のお洒落な男性向けのファッション誌が同じ出版社で一番売れている。
人気モデル黄瀬メインのembrasse-moiは前評判も良いしメディアにも沢山取り上げられて、それにライバル意識を燃やしているのは昨晩のピロートークから窺うことが出来た。
そして黄瀬のモデルとしての自信と、プライドを秘めた表情と発言には正直感心してしまう。


「そうだね、僕も藍田さんのセンスは認めている。まぁ、頑張って」

目が笑ってないよと呆れていると白戸は通りかかったスタッフと共に去り、それを見送った黄瀬は不機嫌そうに唇を尖らせている。


「なんかムカつく」

「売り上げナンバーワンの座を奪われたくないんでしょ」

「オレ、絶対に奪ってやるんで」

真剣な瞳で見下ろされて、その言葉にドキリと心臓が跳ねた気がした。


「黄瀬君の拗ねた顔、可愛い」

「男に可愛いとか止めて欲しいっス」

「男の子だからいいじゃん」

「……あのさ、」

カートを立てたままで璃乙の肩に手を置いて、少し屈むと耳元に黄瀬は小さく囁く。


「藍田さんがオレを男にしてくれたんでしょ?」

「ば、ばかっ」

「本当のことだし」

耳たぶにかかった熱い吐息にデジャブを感じて赤くなると、早く帰ろうと軽く流されて歩き出していた。
助手席に黄瀬が居てくれて良かったと思う程に、意識が朦朧とする中で必死にハンドルを握り、なんとか自宅マンションに到着する。


「はぁ……。危なかった」

「藍田さん、途中で目がイっちゃっててヤバかった」

「黄瀬君と心中したくない一心で踏ん張ったよ」

「何それ、ヒドッ!…藍田さん、大丈夫?」

「ちょっと休ませて」

「しょうがないっスね」

シートにぐったり凭れていると車を降りた黄瀬が回り込んでドアを開き、璃乙をひょいっと抱き上げていた。


「え、ちょ、降ろして」

「こないだもオレがこうやって、お姫様みたいに大事に運んであげたんスよ?」

「歩けるから」

「だから無理すんなって」

前髪で隠れて目元は見えなかったが拗ねた唇の尖り具合や口調から判断して大人しく部屋まで運ばれることにする。
エレベーターに乗ると二人きりの空間が照れ臭くて無口になっていた。


「オレさ、お姫様抱っこなんてしたのも藍田さんが初めて」

初めて、を強調された気がしたが気のせいだと思いたい。


「私だって、こんな抱っこされたの初めてだし」

「藍田さんの初めてを奪っちゃった?」

「んもー、黙れ!」

揉めてる内にエレベーターは止まり、二人で部屋を目指す。


「はい、到着しましたよ。お姫様」

「ありがと」

すとんと降ろされて視界が低くなったのと体温が離れたのを少し寂しく感じつつ、ごそごそとバックの中を探り鍵を取り出した。
ドアを開けたと同時に立ち眩みに襲われて、しゃがみこむと黄瀬が慌てて玄関口に座らせてくれる。


「ブーツ、脱がせるよ?」

断りを入れてから内側のジッパーを下げてニーハイブーツを脱がすと、黄瀬もバッシュを脱いで再び璃乙を抱き上げる。


「お邪魔します」

体調の悪い時に部屋に帰ったのが一人ではない安堵感と、更に上がったに違いない熱のせいにして素直にリビングのソファーに降ろして貰っていた。


20130128


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