浮気性のオペラフロート



「なんか涼太、雰囲気変わったね」

顔馴染みのカメラマンから言われた言葉に動揺を隠して笑顔を浮かべる。


「そうっスか?」

「うん、なんて言うか…。色気が出てきた」

「まぁ、お年頃なんで」

「うわー気になる発言!」なんて騒ぐ女性スタッフからの声も適当に流して、隅っこに控えている璃乙をチラリと見ると地味に青ざめていた。
会話しながらの撮影は気楽であっという間に終わり、黄瀬は控え室に戻る。


「黄瀬君、お疲れ様」

後から入って来た璃乙は平静を保ってはいるが、先程のカメラマンと黄瀬の会話を気にしているのが伝わってきた。
璃乙とは仲良くしていて良い子だなと思っていたから、この間の夜の出来事以来正直意識はしている。
確か専門学校を出てから緋川のアシスタントになったはずだから、自分より五歳は年上だが童顔なので余りそんな気がしなかった。


「藍田さん、脱がせてよ。こないだみたいに」

「…っ!黄瀬君?」

「ほら、早く」

ずい、と足を進めると動揺しつつもジャケットを脱がす璃乙のつむじを見下ろす。
緊張を解してやろうと言った冗談にチークとは違う赤みを頬に浮かべるのが可愛くて口元が緩み、シャツのボタンを外す細い指の手慣れた動きさえ卑猥に見えるのは仕方ないと自らを納得させた。


「シャツのボタン外すのが上手いのは、仕事柄なんスね」

「……」

余計な事を言うな、と牽制する瞳で睨まれても上目遣いでほぼ意味がない。
シャツから晒された裸体を見て益々赤くなる姿も初々しくて、あんな大胆だった癖にと堪らずに吹き出していた。


「ちょ、何で笑うの?」

「藍田さんが可愛くて」

無関心を装って脱がせていたのに急に吹き出されてムッとすると、そんな事を言われて困ってしまう。
目の前の染み一つない真っ白な肌や綺麗に浮き上がる鎖骨、バスケで鍛えた胸板や腹筋を目の当たりにして、この男に抱かれたのだと思えば異様に気恥ずかしくて逃げ出したかった。


「黄瀬君、早く服着なよ」

私服までは面倒見ないからとクルリと背中を向ければ、はいはいと軽い口調の返事が聞こえる。
次の仕事の確認をしようと携帯をバッグから取り出すと、「メール来てる」と背後から耳に声と息が掛かりビクリと肩を震わせた。


「人の携帯、見ないでよ」

「メール、あの人…っスか」

少し翳った表情は何だか切な気でドキリと胸が高鳴ったが、高校の制服を纏った黄瀬を見ると現実に引き戻される。
未成年の高校生に手を出す成人は罪に問われるのだろうかと怯えていたが、互いに恋愛感情なんて無いから大丈夫だと信じたい。


「藍田さん、不倫してて楽しい?」

「楽しいって言うか、ただ好きなだけ。あの人が」

空いた時間だけ璃乙を呼び出しても決して朝まで一緒に居てくれない恋人は妻子持ちだ。
無邪気に聞かれて素直に答えたが自分で言った言葉が痛く感じるのは罪悪感があるからか。
黄瀬の口調は非難でも軽蔑でもなく、ただの純粋な好奇心に思えた。
何時も待ち合わせと逢瀬に使うホテルに行こうとバッグを持ち、控え室を出る時に黄瀬の声が聞こえる。


「煙草、止めた方が良いっスよ」

他意を含ませた言葉にお疲れ様でしたとだけ返して、璃乙は足早にスタジオを去っていた。


20130124


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