そんな眼をするくせに、そんな声で呼ぶくせに



数日後、鈴木マナ単独の撮影が有り璃乙は頼まれていた、人気ブランドのニットキャップを渡しに控え室に向かった。


「マナちゃん、これ、」

「璃乙ちゃん!」

入室したと同時に鈴木に抱き着かれてしまい、何が起きたか解らずに立ち尽くす。


「私、私っ」

「落ち着いて」

「ん…、あの、私ね」

取り敢えず座らせるとメイクを落とした童顔が泣き濡れていて、バッグからタオルを出して渡した。


「ありがと。璃乙ちゃん、どうしよう」

「何があったの?」

「私…妊娠してるの」

「え、」

告白した途端にまた涙を溢れさせる鈴木の手を握り、ゆっくりと話を続ける。


「ちゃんと確認したの?」

「昨日、妊娠検査薬で二回とも陽性だった」

「…そっか」

それは残念ながら確実だなと、溜め息を吐き出した。
昨年高校を卒業して青森から上京して来た鈴木は美貌とは裏腹にシャイな性格で、中々友達が出来ないと璃乙を頼ってくることが多いが彼氏の話は聞いた記憶がない。
化粧を落とした幼さの残る顔を見れば、妊娠なんて事実が信じられなかった。


「彼氏…には、」

「言ったけど、知らないって。俺の子供か疑わしいって」

「最低っ…。私の知ってる人?」

「……」

ふるふると首を振ったが更に歪む表情を見ると、璃乙の顔見知り…モデルやファッション業界の人間かも知れない。


「私もう、どうすればいいか解んなくて」

「産みたいの?」

一瞬息を詰めた表情からその選択肢はないのを読み取ったが、それを止める権利は璃乙にはない。
モデルとして人気が出てきた今は大切な時だし、何より彼氏の態度で気分的に落ち込んでいる。


「まずはマナちゃんのマネージャーさんに話してみよう」

「うん」

一緒に行くからと言えば安心したように力なく微笑んで見せる。
こんな純粋な未成年を妊娠させて知らんぷりする、身勝手極まりない彼氏に怒りを感じていた。

結局自分のマネージャーにも彼氏の名前を明かさない鈴木に困り、また話し合うということで璃乙は出版社の編集部に向かう。
追加された企画書を取りに編集部に行くと、黄瀬のマネージャーの中野が居た。


「あ、藍田ちゃん。お疲れ様」

「お疲れ様です」

チラリと卓上を見れば印刷前の写真入りの記事が置いてあり、中野は困ったように頭を掻いている。


「参っちゃったよ、これ」

『人気高校生モデル、黄瀬涼太がお泊まりデート!?お相手は新人モデルの鈴木マナ』

信じられなくて記事を手に取るが鈴木を抱き抱え、彼女のバッグを肩に掛けた黄瀬は本人だった。
鈴木の住むマンションに入る直前に隠し撮りされたようだ。


「この時、手前に俺が一緒に居たんだよ?それをまるで涼太とマナちゃん、二人きりみたいな記事にされちゃってさ」

「…そうなんですか」

embrasse-moiと同じ出版社のよしみでなんとか、スクープ雑誌に載る前に止めることが出来たと中野は語った。
しかし噂の流出は早いものでツイッ○ーや、大型掲示板には二人の熱愛が真実のように流れているとも愚痴る。


「最近、マナちゃん体調悪いらしくて。それでこないだ俺が涼太を送るついでに、彼女も送って行ったんだよ」

体調の悪さは妊娠のせいだが、黄瀬とツーショットの写真を撮られていたなんて。
知らず知らずの内に記事を持つ手が震えて止まらないのは、鈴木の彼氏が黄瀬なのではと疑惑が頭を掠めたからだ。

三人でご飯に行ったこともあるし互いの連絡先だって知っていて、こないだの撮影時の二人の甘い雰囲気はそういうことなのかと勘繰れるし、何度も内緒話をしていたのを実際に見ている。

彼の全て、特にプライベートを知り尽くしている訳もないし、璃乙の知らない部分があるに違いないと、真っ黒な猜疑心に苛まれていた。
例えば…、あの夜が初体験だなんて嘘だったら?
そこにタイミング悪く呑気な顔でミネラルウォーターを手にした黄瀬が現れる。


「あれ、藍田さんだ!お疲れ様です。うわー会えるなんてラッキー!」

「お疲れ様…。私、もう行きますね」

「藍田ちゃん。お茶奢るからさ、もうちょっと、」

「え、藍田さん?」

「時間ないんで。じゃあ、また」

中野に一礼してからカートを引きドアを開けて、廊下に早足で出ていた。
璃乙を視界に捕らえた時の本当に嬉しそうな笑顔や、明らかにテンションの上がる声色。

二人きりの時の甘えるような上目遣いや、恋慕の熱を秘めた艶やかな瞳、優しく璃乙を呼ぶ声。
黄瀬の今までの表情や言葉、行動の全てが偽物に思えてきて思考は凍りつくのに身体の芯は嫌な熱が隠り、やりきれない気持ちになっていた。


20130302
20130305加筆修正


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