アンダー・ユア・ベッド



温かくて、気持ちいい。

冬は人肌が恋しくなる季節だなんて言うけれど、この柔らかくも甘やかな感触は確かに癖になりそうで、ずっと包まれていたくなった。
久しぶりに深い眠りを堪能出来た璃乙が二度寝しようとした瞬間、背後でもぞもぞと身動ぎした感覚で一気に覚醒する。

このマンションでは二年以上一人暮らしで、ずっと一人きりで朝を迎えてきた。
朝まで一緒にいてくれる男なんて今まで居なかったから。


「……ん、」

温かな吐息と共に小さく漏れた声が後頭部から鼓膜にすぅっと流れてくると、ビクリと震えた身体は直ぐに固まっていた。
今、自分の後ろには誰かが寝ていて、耳に届いた声や触れる肌の質感や骨張った体格は間違いなく男で、しかも二人揃って衣服は纏わない状態で寝ていた訳で。


「……」

全て無げ出して現実から全力で逃避したい。
そうだ、二度寝しよう。
なんてふわふわの毛布の海原へ沈んで深海魚になろうと決めた時、易々と現実へ引き戻す「おはよ、」と言う声が聞こえてきた。


「藍田…さん?起きてる、よね?」

「っ、」

この聞き覚えのある声から昨夜の過ちを思えば、泣きたくなる。


「私…過ちの全貌が記憶に御座いません許して下さい訴えないでお願いします」

「は?覚えてないんスか?」

「きゃあっ!」

くるんっ!と身体を振り向かせられて、お熱い夜を過ごしたかも知れない人物と向き合う形になり動揺していた。


「全く何も?この部屋に来てからとか、あの最中も、全部全部?」

「…うん、ごめんなさい」

「……」

黄瀬は信じられない、と言う驚愕を整った顔で見事に表現している。
昨晩、新創刊されるファッション誌の記念パーティーに璃乙は出席して、人気モデルの黄瀬涼太もその華やかな場の中心に居た。
ちなみにスタイリストアシスタントの璃乙は何度か仕事で彼と顔を合わせて、気が合い仲良くなったが一緒に買い物や食事に行く程度の友達だ。

そして昨晩のパーティーで師匠の緋川や黄瀬が止めるのも聞かずに、シャンパンやらワインをがぶ飲みしたのは覚えていた。
俯き思い出したくはないが記憶の糸を辿り、うんうん唸っていると悲し気で切ない、しかし衝撃的な言葉が放たれる。


「……オレ、初めてだったのに」

余りにもビックリし過ぎて脳内でぐるぐると、その言葉が駆け巡っていた。


「あの…、何が?」

まさかイケメン人気高校生モデルが昨晩までチェリーなボーイな訳がないだろう、と冷や汗をかきながら答えを待てば、涙目になった黄瀬はぽすっと枕に顔を埋めてしまう。
隠す直前の顔は寝起きのせいか普段よりも幼くて、彼が年下の高校生だという恐ろしい現実を示していた。


「そんなん、言わせんなっつうの」

「いやいや、そこはハッキリしないとさ」

部屋中に漂う独特の淫靡な匂いや自分の気だるい腰や、怪しい湿気を帯びる下半身から判断して、間違いなくヤったコトは解るが「途中で萎えた」とか「一緒に寝ただけ」みたいな、非常口を情けなくも璃乙は求めてしまう。


「……だから、藍田さんにオレの大事なものを捧げちゃった、ってこと」

最終通告の鐘が無情にも鳴り響き、ぐゎんぐわんと二日酔いの頭が痛み出して、朝焼けの射す室内がモノクロに変わる中で、黄瀬の金髪だけが不思議と鮮やかに色付いていた。


20130119


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