憧れからうまれたきもちについて 泣き過ぎて痛む頭を優しく撫でられてぼんやりしていると、いつの間にか璃乙の涙は止まっていた。 「黄瀬君…。重いでしょ?離して」 「藍田さん、軽いから大丈夫」 黄瀬の長い両腕に包まれて横抱きされているのは心地好いが、先ほど感情を爆発させたのを思えば、この状況が恥ずかしくて仕方ない。 「あのさ…。オレ実は藍田さんのこと、中学生の頃から知ってた」 もぞもぞ逃げようと企む璃乙を更に強く抱き締めながら黄瀬はボソッと呟いた。 最初は撮影するスタジオやカメラマン含めて、全てが目新しく映った新人モデル時代。 スポーツ同様に直ぐに要求される表情やポーズをこなしてしまい、次第に用意された衣装にも不満を持ち始める。 新人故に「ダサいから着たくない」なんて言えるはずもなく、ただ爽やかな笑顔を求められるのに嫌気が差して、黄瀬は撮影に行くのがつまらなくなっていた。 「藍田さん、読者モデルやってたでしょ」 「え…、なんでそれを」 まさか自分の黒歴史を知っているとは思ってもいなかったので口ごもる。 確かにギャル系の友達と歩いていたらスカウトされて、ファッション業界に興味がありティーン雑誌の読者モデルをしていたが高三の数ヶ月だけだ。 昔から古着が好きでメイクだって当時の同級生達とは違っていたのに、撮影ではギャルっぽい女子高生を求められて普段の自分とのギャップに悩み辞めたから。 「もうモデル辞めよっかなー、って思ってる時に藍田さんを見かけた」 同級生が持っていたティーン雑誌で璃乙を見て可愛いと思っていて、実際に撮影に行った時に休憩室で本人を見かけた時はミーハーだが興奮した。 「藍田さんの制服、すげー短いスカートで…ってそれは置いといて。編集者さんに「私ギャル系は好きじゃないから、それっぽいメイクもポーズもやだし、あんな服は着たくない。だから読者モデル辞めます」って一生懸命訴えててさ。オレ、なんか感動しちゃって」 読者モデルをやりたい女の子なんて沢山いて、まぁ璃乙の場合はイレギュラーだが、それでも大人相手に自分の意見を言えることに黄瀬は素直に感動した。 「あんなとこ、見てたんだ」 今思えば生意気だし読者モデルやってる彼女が欲しいから、なんてふざけた男が群がってきたのも消し去りたい過去だ。 「あの編集者さん、良い人でさ。ほら今はembrasse-moiの編集長なんだけど」 「え、あれナベさんだったんだ」 「うん、そうだよ。読者モデル辞めてから違う雑誌の編集部紹介してくれて、雑務のバイトしてたんだ」 その後スタイリストを目指している璃乙を色々と目にかけてくれて、新創刊雑誌でも使ってくれることになった。 「藍田さんは、自分の力でここまで来たんスね。すげーカッコいい」 「いや、まだまだだし。周りに助けて貰えたからだよ」 「オレ、あの時の藍田さんに影響されて撮影の時に、自分の意見言えるようになったんスよ」 こういうコーディネートが好みだとか、笑顔ばかりじゃなくて、こんな表情はどうっスか? 角が立たない程度に意見してみると最初は驚かれたが、実際に黄瀬の提案するコーディネートやクールな表情は以前よりも好評で。 それから雑誌のオファーも増えたし読者の反応も上々で、何よりもモデルの仕事が楽しくなっていた。 「緋川さんに藍田さんを紹介された時に直ぐに気付いた。また会えるなんて思ってなかったから嬉しくて。今のオレがあるのは藍田さんのおかげっスよ。ありがとう」 「お礼なんて」 自分の発言が中学生の男の子に影響を与えていたなんて不思議で照れ臭くて、でも璃乙のこれまでの努力を認めてくれたのが嬉しかった。 「あの雑誌の藍田さんにも、色々とお世話になったんで。主に夜とか」 「それマジでいらない情報なんだけど」 「まだオレ持ってるけど、見る?」 「ちょっと、全て焼き払うから出して!」 「やだ。オレのお宝なんで」 胸ぐらを掴んでも黄瀬はニヤニヤ笑っていて、当時のギャル丸出しな自分を思い出すと、耳まで熱くなる程の羞恥心に襲われる。 「あれからずっと藍田さんは、オレの中で特別な存在」 ふいに真剣な顔で言われて璃乙は戸惑いを隠せなかった。 「だから…、あんなオッサンに振り回されて傷付くの見たくない」 「…黄瀬君」 「だってオレ…藍田さんが、」 続けられるだろう言葉を手で咄嗟に塞ぐが、怪訝そうな表情の黄瀬にその手を外されていた。 「言わせないつもりっスか?」 「うん。私、帰るね」 「オッサンのとこに、なら帰さない」 「違うよ、自分の家」 苦笑いしながら答えると黄瀬の腕から解放されて、ゆっくりと立ち上がる。 「ちゃんと寝て完全に治してね」 「ん…。今日は、ありがとう」 名残惜しそうな黄瀬に玄関まで見送られてブーツをはきドアを開いた。 「今日は私も、ありがとう。いっぱい泣いてスッキリしたよ。これからも良い友達でいてね」 返事も聞かずに出て閉めたドアをガツンと叩く音の後に「何でだよ」と呟く声が聞こえたが、気付かない振りをして歩き出していた。 20130217 |