やたらに淋しい満月を見た日 微熱だったせいか、黄瀬が世話を焼いてくれたおかげか、璃乙の体調は翌日にはかなり良くなっていた。 玄関はオートロックだからそのまま出て大丈夫だと言っておいたので、黄瀬は璃乙が眠った後に帰宅したようだ。 テスト前の貴重な時間を潰してしまい申し訳ないと、謝罪とお礼のメールを送信する。 今日はオフだしだらだら過ごそうと洗濯機を回していると白戸から着信が入り、何時ものシティホテルで待っていると言われて断る理由も無かった。 ホテルに到着してコーヒーを飲んでいると黄瀬からの返信メールが届いていた。 『治って良かった。でも無理はしないでね。』 そんなシンプルなメールを見ていたが白戸の咳払いで携帯を閉じる。 「友達から?」 「うん、黄瀬君」 嫉妬するかと正直に言えば微妙に不機嫌そうに眉をしかめていた。 「彼、モテるんでしょ?女遊びが激しいって聞いたけど。まぁ、今時のチャラい高校生って感じだよね」 「見た目はチャラいけど、噂程には遊んでないみたいだし、そんな言い方は失礼でしょ」 確かに今までモデルやアイドルとの噂は何度も聞いたことはあったが、事実かどうかは謎だし興味も無い。 この間の夜だって黄瀬が本当に初めてだったのか、酔っていた璃乙には真偽を確かめられない。 だが友達である黄瀬を貶める白戸の発言には、多少の怒りにも似た感情が沸き起こっていた。 「ムキになってる」 「なってない。黄瀬君をよく知らない癖に、噂だけで決めつけないで欲しいだけ」 冷静を保っているつもりが口調は尖っていて、落ち着こうと煙草に火をつければ白戸は話題を変える。 「…embrasse-moiでほぼスタイリングを任されるなんて、本当に璃乙は成長したね」 「でもまだスタイリストアシスタントだし」 「きっと伸びると信じていたよ。色んな奴に紹介した甲斐があったな」 この世界ではコネがものを言うのでファッション誌編集長の白戸に紹介された、編集者やカメラマンのおかげで仕事は格段に増えたとは思う。 しかし師匠の緋川は専門学校の先輩だし、コネがあってもセンスが悪ければ次の仕事は来ない。睡眠を削って流行りのファッションを研究して、沢山のモデルの好みを把握して、スタイリストアシスタントの地味な作業を続けてきた。 つまりは璃乙の努力の結晶が実りつつある、というのが実情だと思っている。 「白戸さんには感謝してるけど…。私だって頑張ってるんだよ」 だが白戸の口振りは自分のコネを使って僕が育ててやった、みたいな傲慢さが窺えて気に障った。 「それは解ってるよ。璃乙は僕の自慢なんだから。…あのさ、暫く忙しくて余り会えなくなるかも知れない」 「…奥さんのことで?」 「違うよ。編集しているファッション誌の新しいスタイリストがイマイチだから、僕がテコ入れしようと思ってね」 明らかに新創刊されるembrasse-moiへの対抗心だと最初は思ったが、単に今日の璃乙の反抗的な発言への仕返しにも感じられる。 ただでさえ分の悪い不倫というシーソーゲームは、白戸のスケジュールと連絡で一方的に成り立っているのだ。 益々会えないなんて、もうこの関係に終わりを告げられるのではと不安が募る。 強がりで気の強い璃乙をあやすのが得意な白戸は精神的に頼れる存在で、自分から手を離す自信が今はまだ無かった。 「璃乙と会えないのは僕も淋しいよ」 「それなら一度で良いから朝まで一緒に居てよ」とは今日も言えずに、妻との子作りと璃乙とのセックスの違いが薄いゴムだけではない気がして酷く虚しい。 「淋しいからって黄瀬君と浮気しないでね」 妻が妊娠中に浮気してる奴の台詞かよとムッとしたが、そんな嫌味を置き土産に部屋を去る白戸に生返事をしてからバスルームに向かった。 部屋に戻ると窓から射し込む月光に透かされた自分が薄っぺらで空っぽな存在に思える。 白戸と一時的にでも距離を置くのは璃乙にとって良いことかも知れない、そう気持ちを切り替えてもベッドに腰掛けると自然に溜め息が零れていた。 20130206 |