グロウィング・ペインズ



あのパーティー以来に会った白戸は相変わらず優しかったが、妻を同伴した件については特に謝る訳でもなかった。
まぁ謝る理由もないしそれを責めるのは感情的なものになるので璃乙も口にしない。

四十代半ばで二人子供が居て昨年マイホームを購入したと聞いたが、所帯染みた匂いはなくむしろメンズの香水だけが鼻先を擽っている。
今日もイタリア製のスーツで決めていて、ふいに制服姿の黄瀬を思い出し、それをかき消すように煙草に火を点けた。


「え、もう一回言って」

「だから…妻が妊娠して、」

カチッカチッと火花だけを散らすライターに舌打ちしていると、スッとブランド物のライターを差し出される。
次男が生まれてからセックスレスだと出会い頭に話していたが嘘だったのか。
そんな璃乙の疑念に気付き、女の子が欲しいと子作りを迫られたと言い訳されて、白々とした空気に包まれていた。


「子作り、ですか」

確かに本来のセックスとは妊娠を目的とした生産的な行為だと、やけにリアルに感じながら白い煙を吐き出す。
確かにパーティーの時は胸から下はゆったりしたワンピースを着ていて、あのお腹に生命が宿っているなんて不思議だった。


「子供が出来ても僕達の関係は変わらないから」

別れ話かと思いきや、こちらの意見は聞くつもりが無いようで、勝手に話を完結させる。
関係ってなんだ。
都合の良い時に呼び出して好きなように抱いて、再びマイホームに戻る気楽な不倫の関係か。
こんなオッサンと別れても彼氏なんて直ぐに出来るんだから、と強がっても既に恋心に勝る程に情が湧いてしまっていた。


「奥さんの側にいてあげた方が良いんじゃないの」

「璃乙は僕と会えなくなっても構わないの?」

構わない訳ないし、奥さんを気遣った訳でもない。
ただ白戸から距離を取ってくれたら諦められる気がして言っみたのだ。
会う度に何かしら傷付き傷が癒されない内にまた会うの繰り返しで、瘡蓋みたいな負のループに完全に捕らえられている。


「会いたいよ」

「僕もだ」

余裕ある笑みを浮かべる男と会える時間が、今の自分の殆どを占める生活。
誕生日もクリスマスも一緒に過ごせずに愚痴りたくても、別れがちらついて我慢してきた。

不倫は止めろと緋川にも説教されるが璃乙が求めるものが白戸にはある、だなんて幻想を抱いているのだと最近はぼんやりと考える。
そもそも恋愛なんて自分に都合の良い理想や幻想を相手に求めるものだ。


「来月はバレンタインデーだね」

新創刊雑誌「embrasse-moi」の企画書を眼鏡を掛けてベッドで眺める白戸の隣に並んで座る。
十代から二十代のカップルが一緒に読みたいがコンセプト、男女両方のファッションや情報を掲載し、メインモデルは黄瀬涼太で創刊前からかなり評判になっていた。


「黄瀬君は大人気らしいね」

「ね、」

一緒に出掛ける時も普通にカッコいいとは思うし、カメラの前や紙面を飾る時のクールな顔や無邪気な笑顔、本当に色んな表情を見せる黄瀬はモデルとして、益々伸びる逸材だろう。


「璃乙、高校生に手を出したら犯罪だよ?」

「バカ言わないで」

ギクリと一瞬動揺して誤魔化すように白戸のネクタイをするりと外す。


「このネクタイやっぱり白戸さんに似合うね」

「璃乙のセンスが良いから。凄く気に入ってるよ」

キスをねだり優しく頭を撫でられて唇が重なる瞬間が一番好きだと何時も璃乙は思う。
本当はこれだけでも良いのに何かを確認するように繋ぎ止めるように、余計な事を考えたくなくて真っ白なシーツの波へと沈んでいった。


20130127


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