学校帰りに立ち寄った火神の部屋で名前は目が点になっていた。


「早く受け取れよ、恥ずかしいだろうが」

ちょっと出掛けて来ると言ってから戻って来た火神は真っ赤な薔薇の花束を手にしていて、余りに似合わないそのアイテムに呆気に取られて言葉が中々出てこない。


「えと…これ、私にくれるの?」

「当たり前だ。今日はバレンタインデーだろ」

「いや、そうなんだけど」

だからちゃんとチョコレートを用意していたし、これから渡そうと思っていたのだ。


「あのさ、今日は私の誕生日じゃないし、ただのバレンタインデーだよ?」

「知ってるっつうの。日本じゃ女が男にチョコレートやるんだろ」

アメリカでは大抵の場合は男が女へ花束と共に、プレゼントやディナーをご馳走するんだよ、と説明されてやっと納得する。


「大我って本当に帰国子女だったんだね」

「疑ってたのかよ!」

「ちょっとだけ」

失礼な奴だとぶつぶつ言っている火神から貰った花束からは薔薇の上品な芳香が漂っていた。


「……ん?メッセージカードもあるんだ」

「わ、ちょちょちょ!それは帰ってから見ろって」

「なんでよケチ」

「いいから!」

「ねぇ大我、ココア飲みたい」

「ああ、ちょっと待ってろ…って!馬鹿見るな!」

一瞬の隙をついてメッセージカードを奪い取り広げればソファーに二人揃って倒れ込む。


『To my one and only Valentine,I love you 』

雑な字体ながらもこれを火神が書いたと思うとニヤニヤしてしまった。


「大我、私英語苦手だから、訳してよ」

「ふざけんな」

耳まで真っ赤に染まり拗ねた表情が可愛いくて、お願いしてみたがあっさり断られる。


「アメリカじゃ、言ってたんでしょ」

「お前…、」

マジふざけんな、と小さく呟いた後に真剣な顔が上から近付き、今更名前は焦っていた。
ソファーに倒れ込んだままで火神にのし掛かられた体勢だったのだ。


「バレンタインデーに花束なんて贈ったのも、こんなメッセージを書いたのも…名前が初めてだっつうの」

「…本当に?だって大我、童貞じゃないでしょ」

「そうだけど…って、何で知ってんだ!?女がそんなん言うな」

女が苦手な癖にレディファーストだし紳士的だったりで、アメリカで色々なことを卒業して来たのだと密かに名前は感じていた。
まぁ自分だって火神が初めての彼氏ではないので、お互い様だ。


「だって大我の癖に地味にキス上手いし、たまに色っぽいし」

「地味って言うな」

本当に失礼な奴だなと続けて名前を抱き起こしてやる。


「はい、大我」

スクバから取り出したチョコレートを渡すと、火神の口元が僅かに緩むのが解りつい釣られていた。


「サンキュー、な」

「どうよ、ジャパニーズ式のバレンタインは?」

「思ってた以上に嬉しいぜ」

「私も花束貰うなんて初めてだから、凄く嬉しいよ。ありがとう」

「…おう」

しおらしい雰囲気を変えるように立ち上がりキッチンに火神は向かった。
良い香りが漂い始めてから数分後、洒落たプレートに乗せた物をローテーブルに置く。


「…チョコレートケーキ?苺ソースが掛かって美味しそう」

「フォンダンショコラだ。食ってみろ」

「うん、いただきます」

フォークで二つに割るとトロリとチョコレートが溢れて苺ソースに交わる。
チョコレートと甘酸っぱい苺の味わいに驚き、美味しい!と見上げると火神はフフン、と満足そうに微笑んでいた。


「本当はディナーをご馳走しようと思ったんだけどよ…帰りが遅くなるし」

ポリポリと頭をかきながら特徴的な眉毛を下げた強面を名前は黙って見つめる。


「…今日は遅くなってもいいよ」

「え?」

「だからー、チョコレートと一緒に私を食べてって意味」

ぶふぉっ!と勢いよく飲んでいた紅茶を吹き出す火神に「汚いな」とタオルを渡した。


「付き合って半年以上なのにキスしかしないから私じゃダメなのかなとか、黒子君とデキてんのかよ、とか疑ってたんだけど」

「デキてねぇよ!」

「でもせっかくのバレンタインデーだし、もう自分から迫ろうかな、みたいな?」

奥手な火神にこんなことを女が言ったら退くかと不安になり、すがるようにエプロンの裾を握る。


「本気で惚れちまったから、手が出せなかったんだっつうの…バーカ」

そっと抱き寄せられて恐々と頭を撫でる大きな手は少しだけ震えていて、見上げると切れ長の瞳はゆらゆらと揺れていた。


「…大我、大好き」

「俺もだ」

「ちゃんとさっきのカードに書いたことを言ってよ」

「バッ、ざけんな!」

「ふーん…。ふざけた気持ちで書いたんだ?」

「ちげーよ!」

「だったら、言って?」

「あー…。日本語じゃ無理無理」

「じゃ、英語で許してあげる」

火神の膝に乗り上げて肩に両手を乗せて小首を傾げて見せると、困りきった表情で爆発寸前みたいに真っ赤になっていた。


「……I love you」

絞るように囁いた言葉はやっと聞こえる程に小さく低かったが、確かに鼓膜を心地好く震わせている。
子犬みたいに縮こまっていた癖に仕返しとばかりに、後にベッドで火神に虎の如く逆襲されて名前は後悔していた。



へ、




201302010


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