雪が降り出して見慣れた白銀に霞み染まりゆく風景を眺めながら、明日の授業の準備を名前は終えた。
そんな放課後の閑散とした職員室に氷室がやって来て、教えて欲しいことがあると請われ空いている教員室に一緒に向かう。


「苗字先生、ハッピーバレンタイン」

「は、え、…ありがとう」

エナメルバッグから取り出した白い薔薇を三本渡されて、戸惑いながらも受け取り礼を言った。
アメリカでもバレンタインデーには男が薔薇を贈るんだなと、イギリスに留学していた時に知った海外の習慣を思い出す。
氷室が現れた瞬間からやけに甘い良い香りがしたのはこの白薔薇のせいだったらしい。


「苗字先生、ちゃんとメッセージカードも見て欲しいな」

くるくると薔薇を弄んでいればリボンに挟まれたカードを指差す氷室が苦笑している。


Be My Valentine XXX

繊細な筆跡で綴られた文面は聞いたことはあったが、受け取るのは生まれて初めてで思わず赤面してしまった。
私の恋人になって下さい、だなんて。


「ずっとアピールして来たのに苗字先生は何時もクールに流すから、バレンタインデーにきっちり伝えたいって思っていたんだ」

「氷室君、貴方は生徒で、」

「私は教師、だなんてヤボな事は今日だけは言わないで。陽泉の制服は結構気に入っているけど、本当に邪魔だと思う時があるよ」

「だって事実でしょ、教師と生徒だって事は」

「ねぇ…。俺が知りたいのは」

スッと名前の胸元を細長い指先で指し示されて、距離はあるのに心臓を突っつかれた錯覚に陥る。


「服なんか脱ぎ捨ててしまった、裸の苗字先生の気持ちなんだけど」

正面に座った氷室の真剣な瞳と言葉の破壊力に気後れして無意識に椅子を退いていた。


「俺を意識してくれているんだって、馬鹿みたいな勘違いかも知れないけど…違ってた?」

大学の先輩である荒木が監督を勤めるバスケ部を見に行くようになり、何時のまにか流麗なプレイをする姿を目で追う自分を制してはいたが、まさかバレていたなんて。
新任教師だからと片意地張って頑張ってきた全ての努力が、淡雪みたいに消えてしまいそうな己の未熟さが情けなくなる。


「今は俺も先生もただの男と女。だから教えてよ、俺をどう思っているのかを」

「氷室、君」

「教師って肩書きなんて俺が脱がせてあげる」

葛藤している名前の心中などお見通しだと言わんばきりの声色や視線に堪えきれずに立ち上がるが、入り口までの逃走進路は長身の氷室に塞がれていたので咄嗟に窓際まで逃げていた。


「逃がさないよ」

そんな台詞が上から降り注いだ瞬間に冷たい窓枠がスーツの背中に当たり長い両腕で囲まれる。


「教師だから答え難いのは解ってる。だったら…苗字先生はYESかNOで答えてくれれば良いよ」

Be My Valentine
耳元に甘く響く少し低めの艶やかな声に、抗う理性がぐらぐらと揺れた末に口を開いた。


「……YES」

「ありがとう」

壊れ物に触れるように優しく抱き締められて、自分が震えていることに気付く。
男と付き合った経験が皆無な訳でも無いのに、教師と生徒という禁忌の関係だからか単に寒さのせいか。


「苗字先生、寒いの?まさか俺が怖かった…とか?ごめん、余裕なくて」

柔らかな笑みを浮かべる氷室の泣き黒子を見上げて首を横に振ると、多分高校生らしからぬ毒にも似た彼の色気に困っているのだと確信した。


「苗字先生、白い薔薇の花言葉を知ってる?」

「知らない」

「私はあなたにふさわしい、だよ。俺は年下だけど本気でそう思ってる。それと三本って本数にも意味があるんだ。知りたい?」

「うん」

「キスしてくれたら、教えてあげる」

「え、」

膝を少しだけ折った氷室と目線が交わり更にフェロモンが直撃すると、これがバレたら雅子先輩にシバかれるなんて焦りも薄れ出す。


「焦らさないで」

黒のカーディガンを纏う広い肩に両手を置いてから贈った、触れるだけのキスが異常に恥ずかしい。
俯いた顎を持ち上げられて頬を撫でる感触で背筋を何かがゾクリと走り抜けてゆく。


「名前、愛してる」

「氷室く…んっ」

薔薇の本数の意味を知ったのと同時に返されたキスは随分と性的なもので、名前が腰砕けになるまで唇は塞がれたままだった。



Be My Valentine XXX
And I love you



20130209


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