バレンタインデー当日、名前は図書室で黒子を待っていた。
今日は二人が図書委員の貸し出し係でラッキーだったと幸運をしみじみ噛み締める。
カウンター席に座っているとカラリ、と開いた扉からベイビーブルーの髪の毛が目に入った。
「名前先輩、」
一度名前を見てから更に二度見しているのは、今日初めて顔を合わせたせいだろうか。
「髪の毛…切ってしまったんですね」
「うん」
腰まで伸ばした髪は昨日の帰りに、新米美容師の従兄弟にカットして貰った。
「短いの似合わない?」
「似合います…けど。まさか失恋したんですか?」
「え、違うよ」
それは今からするかも知れないけどとゴクリと生唾を飲み込み、カウンターから出て手元にあった包みを渡す。
「黒子君、ハッピーバレンタイン」
「ボクにくれるんですか?ありがとうございます。凄く嬉しいです」
じっと感慨深そうに大きな瞳でプレゼントを見つめる黒子はふわりとした綿飴よりも柔らかな表情だ。
「開けてみて」
「はい、」
丁寧な所作でゆっくりとリボンをほどいて、手作りのチョコレートブラウニーを取り出した。
そしてもう一つ平べったい包みが同封されているのに気付き、チラリと名前を見上げて訊ねる。
「これは?」
「それ、どうしても黒子君にあげたくて」
セレクトショップで見つけたブルー系の落ち着いたアーガイル柄のブックカバーは、見た瞬間に黒子にピッタリだと思ってチョコと一緒に渡そうと決めた。
が、想像以上に高くてずっと渋っていたカットモデルと美容院での手伝いで臨時収入を得たのだ。
「気に入ってくれた?」
「はい、とても。ありがとうございます。それと、ボクからも名前先輩に渡したいものがあるんです」
「私に?」
「はい。火神君から聞いたんですがアメリカではバレンタインデーに、男性から女性へ贈り物をするらしいです。それに名前先輩、今日は誕生日ですよね?」
「知ってたんだ」
「カントクに聞きました。誕生日、おめでとうございます」
どうぞ、と言われて渡されたのはソニ○ラのラッピングで、少し震える手で開くとパールピンクのカチューシャだった。
「名前先輩は髪の毛が綺麗なので」
「でも私、髪を」
と言いながら先程図書室に入ってきた黒子が名前の髪の毛を二度見したのは、このプレゼントのせいだったのだと解り申し訳ない気持ちになる。
「長いのも素敵でしたけど、短い髪にも似合いますよ」
ぽすっと頭にカチューシャを乗せられて黒子の瞳に映る自分を確認した。
「名前先輩、白雪姫よりも可愛いです」
「…ありがとう」
満足そうに優しい眼差しで見つめられて、照れてしまう。
「名前先輩、確認したいんですけど」
「ん?」
「これは本命チョコですよね?」
「…うん」
「メッセージカードは無いようなので、先輩の口から聞きたいです」
「え、」
迫られて後ずさればトン、とカウンターに背中が当たった。
ゆったりした動作で名前を両端から腕で囲った黒子は悪戯っぽい表情で見下ろしている。
「黒子…、君」
「名前先輩、早く聞かせて下さい。バレンタインにチョコをくれたって事は…?」
熱を孕んだ大きな瞳に見つめられて、耳元に低めの声が注がれるとドクンと心臓が跳ねていた。
「壁ドンじゃなくてカウンタードンですけど、これ結構興奮しちゃいますね」
弧を描く柔らかそうな唇の動きに益々鼓動が速まってゆく。
「ちょ、黒子君…近いっ」
「わざとです。名前先輩がボクを焦らすので」
「や、」
ふぅっと息が耳たぶに掛かって身を捩り俯くと更に距離が縮まっていた。
「…好き、」
「ちゃんとボクの目を見て言って下さい」
クイッと顎を持ち上げられて視線が交わり、覚悟を決めて唇を開くしかない。
「黒子君が、好き」
「ボクもです」
ニコリと微笑み名前の熱が籠った頬を撫でて黒子は答えてくれた。
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