「キセキなんて呼ばれて、遠い存在になっちゃったのは緑間じゃん」

真太郎って呼べば男子からは冷やかされて、女子からは付き合ってるのかと疑われて。
何より緑間が自分の届かない場所へ行ってしまいそうで、必死に勉強して同じ高校に入ったのだ。


「俺は何時だって名前の側に居るし、これからだってそのつもりだ」

「…本当に?」

「当たり前だ。それより名前、さっきの続きを聞かせろ」

「もう解ってんでしょ…きゃっ」

グッと片手を引かれくるりと反転させられると、緑間の両足の間にスッポリと綺麗に収まるように座っていた。


「早く言って貰おうか」

「や、耳に息かかるし、無駄に良い声出さないでよ!」

「これは地声だ」

「裏声を出せ」

「ムチャぶりするな」

早く言え、と低い声に急かされて仕方ないと一呼吸置いてから唇を恐々と開く。


「私…、も。真太郎が好き」

良く言えましたとばかりに頭を優しく撫でられても、まだ緊張が抜けない。
こんなにくっつくのは中学時代の二人三脚以来で、制服越しでも胸筋や腹筋の感触が気恥ずかしかった。


「これからはちゃんと名前で呼ぶのだよ」

「んも、耳に息、かけんな!わざとでしょ?ムッツリすけべ!」

「ムッツリ言うな!」

ムードないなと思いながらも何とか隣に座り直して、眼鏡を返すついでにチョコレートを渡す。


「はい、これ」

「渡すのは俺だけだろうな?」

「当たり前でしょ、本命チョコなんだから」

「だったら受け止ってやるのだよ」

ふふ、と笑みを浮かべると少しだけ幼くて名前まで釣られて口元が緩んでいた。


「これはチョコレートのお礼だ」

横に置いていた子供用のピアノを膝に乗せて、緑間は何かを弾き始める。
クラシックなんて詳しくないが、名前も聞き覚えのある曲で目を見開いた。
鍵盤が小さいのだよ、と呟きながら弾き続ける緑間の広い肩に頭を預けて耳を傾ける。


「真太郎ってば、結構ロマンチストなんだね」

「黙って聞いていれば良いのだよ」

「はーい」

と素直に答えた瞬間にブフォッ!と何かが漏れたような音が聞こえて入り口に目を向けた。


「ちょ、高尾、馬鹿っ!気付かれんだろうが。轢くぞ」

「だって宮地先輩、あの真ちゃんが…名前にピアノ弾いちゃうとかっ…ブフォッ、やべっすよ」

プルプル身体を震わせて笑いを耐えていた高尾が、ついにギャハハハッ!!と爆笑すると、緑間はキッと盗み見していた二人を睨みつける。


「盗み見だなんて、はしたないのだよ。しかも写メるな!」

「和君、サイテー。てか今日から高尾に降格だから」

「え、なんかレギュラー落ちした並みにショック、みたいな?」

「なぁ、今の曲、俺聞いたことがあんだけど」

「宮地先輩、あれは、の○めカンタービレの…ふがっ」

「高尾、黙るのだよ!」

もんの凄いスピードで高尾に走り寄り口を塞ぐ緑間の身体能力の高さに名前は妙に感心していた。


「おいこら気になるだろうが、緑間、曲名を教えろ。刺すぞ」

「刺すなら馬鹿高尾を」

ずるずると高尾を引きずって去る緑間の背中を見送ると、名前は早速今の曲名をスマホでググっていた。


  
Waltz of love


20130203


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