「…涼太、君?」

「あのさ、今日メイクさんから聞いたんだけど。イングリッド・バーグマンって女優知ってる?その人が言ったんだって『言葉に詰まって会話が途切れたときのキスは、神様がくれた可愛いらしいトリックね』って」

昔の女優さんだと言うのは知っているが映画を見たことはなかった。


「今日早速、この話を出来るとは思わなかった」

いきなり、ごめん。
と照れたように前髪をかき上げる黄瀬に向かって、名前は首を横に振る。


「ちょっと驚いたけど、でも…なんか落ち着いた、かも」

「なら、良かった」

未だにキスだけでも恥ずかしくてドキドキしてしまうのに不思議だったが、単なるオレ得になるとこだったと優しく微笑まれてまた涙が滲みそうだ。


「でも、今のキスは悪戯じゃなくて…魔法だから」

「魔法?」

「名前の涙が止まって、素直な気持ちになって、新しいお父さんと仲良くなれる魔法」

空いた手でくるりんと杖を振る仕草をしてから、そっと名前の頭を撫でる。


「涼太君、ありがとう…大好き」

「オレも」

と嬉しそうな笑みを浮かべて更に言葉を続けた。


「本当のパパにも、今の優しいお父さんにも負けない位にオレ、名前っちが大切で大好きだから。もっと我が儘言って欲しいし、甘えて欲しい」

「涼太君のばか」

「なんで!?」

「私を甘やかし過ぎだよ」

「オレがそうしたいんスよ。もう、ばかでもいい」

「ばかなんて嘘だよ、ばか」

「どっちっスか?」

スリスリと広い肩に頭を寄せて名前は小さな声を漏らす。


「私も…ばかみたいに、涼太君が大好きだよ」

私達バカップルじゃんと赤くなりながら、でもちゃんと伝わっているか心配でチラリと黄瀬を盗み見すれば、うわ…ヤバいっス、と片手で口を覆っていた。


「名前っちが可愛い過ぎて、マジでヤバい。ここが電車で良かった」

幸いこの車両には二人きりで、名前もそれはラッキーだと思って頷く。


「あの、名前っち」

「なに?」

「オレさ、今日誰からもチョコレート貰ってない」

「嘘ばっか。いっぱい貰って私からなんて、いらないんじゃないの?」

「んな訳ないっスよ!」

学校に戻って女生徒達に捕まっても、本命の彼女からしか受け取らないと全て断ったらしい。


「…でも事務所には沢山チョコレート届いたでしょ?」

「オレはさ、キセキだとかモデルの黄瀬涼太じゃなくて、ただの黄瀬涼太として…。大好きな女の子からだけ、チョコレートを貰いたい」

「知ってる…、はい」

「ありがとう」

ポン、とスクバから取り出したゴデ○バのチョコレートの箱を渡すと黄瀬はキラキラと瞳を輝かせている。


「ね、もっかいキスしても、いい?」

「え、ちょ、」

返事も聞かずに直ぐに唇を塞ぎ、啄むようなキスを何度か繰り返すと満足したのか黄瀬は顔を離した。


「今、隣の車両から移動しようとしてた人に…見られた」

「いいじゃないっスか、バレンタインデーだし。てか名前っち、オレ以外にもチョコレートあげんの?」

「…これは、お父さんにって」

でももうこんな時間だしと、スクバを閉じる手を大きな手で止められる。


「これから一緒に渡しに行こ?」

「え、今から…一緒に?」

「そ、丁度いいからオレ、ちゃんとご両親に挨拶したいし」

「ええっ!?」

まさかの展開に慌てふためくも黄瀬はその気満々らしく、緩めていたネクタイをきっちり締め直したりしていた。


「どっスか?チャラくない?」

「チャラい」

「ヒドッ!」

「でも、カッコいいよ」

そう言って素早くすべすべの頬にキスを落とせば、黄瀬はオロオロと周りを見渡す。


「さっきバレンタインデーだから構わないって言ってた癖に」

「だ、だって…。よく考えたら、」

名前っちのキス顔を誰かに見られるかも知れないっス!と力説されて笑ってしまった。


「ばーか」

そう冷やかせば黄瀬はムッとした表情で名前の耳元に唇を寄せる。


(ばかみたいに、名前に夢中だよ)

何時もより低めのセクシーな声に鼓膜が震えて、おまけに耳たぶをカプリと噛まれて、ビクリと肩を揺らしていた。


「涼太君の、すけべ」

「それは認める、男なんで。でも名前限定だからね?」

ポカッと肩を叩いてもシラッと答えられて更に名前、感じた癖にー!とニヤニヤされてグーパンを腹筋に喰らわしていた。



A kiss is a lovely trick designed by nature to stop speech when words become superfluous.


20130202


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