メロメロメロウ




自宅のドアを開けると良い匂いが漂っていて、ついついにやけながら黄瀬はバッシュを脱いでいた。


「ただいまっス」

一応帰った事を告げてみるとパタパタと慌てたような足音と共に花音が玄関まで走ってくる。


「お帰りなさいっ。チャイム鳴らしてくれたら良かったのに」

「あー、そっスね。せっかく新婚さんなんだから、もっかいやり直し」

「え、あの、」

バッシュの踵を踏んだままで一度ドアを閉めてからチャイムを鳴らすと、間をおいてから花音のインターホン越しの声が聞こえた。


「はい。……黄瀬、です」

「花音さん、ただいま」

「お帰りなさい、涼太君」

まだ入籍してはいないが部屋の持ち主も表札も黄瀬だし、せっかくなのでインターホンでは必ず「黄瀬」と名乗るように言ってあるのだ。未だに慣れずにしかも恥ずかしそうな彼女の声や態度が可愛いし新鮮で2度美味しいなんて黄瀬は思っていた。


「お風呂沸いてるけど、先に入る?」

「んー……、後で一緒に入ろ?」

「……うん」

恥ずかしそうにうつ向く仕草にそそられるが、まさか一緒にお風呂に入るだなんて数ヶ月前の彼女だったなら有り得ない話だ。先月、お見合いの場から連れ出した日の夜、結局2人は最後の一線を越えていない。何故なら臨戦態勢に入った黄瀬の下半身を見た花音が青ざめた後に泣き出してしまったから。泣きたいのはこっちですけど、とも言えずに優しくあやしながら一緒に眠ったのだ。こうなったら彼女がもう少し男に慣れるようにするしかないと思い、あの事に罪悪感を抱いている花音を説き伏せてほぼ毎日一緒にバスタイムを過ごしている。


「あ、もしかしてカボチャの煮物?」

「うん。涼太君が食べたいって言ってたから」

着替えてからリビングでソファーに膝立ちをして、まな板に向かう後ろ姿を黄瀬は眺めていた。トトトトッ、と軽やかにネギを刻んで鍋に入れた後には、ギリギリと妙な音が聞こえてくる。


「花音さん?なんか変な音が」

「カボチャ、が、硬くって、」

安かったのでまるごと買ってきたカボチャを半分に切ろうと格闘していたらしい。


「オレが切ろうか?」

「でも、ケガしたら」

「大丈夫っス」

「気を付けてね。えと、1/4に切ってください」

「了解っス。ん、マジ硬い」

と言いながらもあっさりとカボチャを1/4に切る黄瀬の二の腕の筋肉にうっかり見惚れて、暫くぼうっとしていた。細身なのに本当に鍛えてるんだなーと考えているとお風呂の中で盗み見ている、綺麗な身体を思い出してしまう。


「花音さん?なんで赤くなってんの?」

「な、なんでもない。……ありがと、変わるね」

「他にはなんか手伝う事ない?」

「ないよ。涼太君は休んでて」

「えー、つまんないっス」

と拗ねた口調の黄瀬に背後から抱き締められ、ビクリと大袈裟に肩を震わせていた。


「まだ慣れないんスね」

「そんなことっ……、今は包丁持ってるから、」

「……」

「やっ!」

ちゅ、と耳たぶにキスを落とされて動揺していると包丁を奪われてまな板の上に置かれる。そのまま向かい合わせにされて恐々と見上げると、高校生とは思えぬ色っぽい琥珀色の瞳に捕らわれていた。


「ただいまのキスしてない」

「あの、ご飯出来るの遅くなっちゃうし」

「構わないっスよ」

「ちょっと、や、」

止めてと言う前にふわりと唇を塞がれて啄むようなキスが何度か続く内に、首と腰に回った腕で完全に拘束されている。上唇を甘噛みされると自然に薄く唇を開いてしまうのは黄瀬に躾られた為だ。ぬるりと生暖かい舌先が侵入してきて花音の舌の裏からゆっくりと口内を愛撫してゆく。こんなキスには未だに不慣れなので必死に応えるしかない。彼から「花音さんの性感帯」だと言われた上顎を執拗に攻められるとビクビクと背筋が震えて、おへその下が変な感じに疼いて、もう立ってられないと思った頃にやっと深いキスから解放されていた。


「……はぁっ……、も……、ダメ」

「花音さん、キスだけで死にそうになってる。可愛いー」

「うるさい。もうソファーに座ってて。あっ!お味噌汁が沸騰してる!しょっぱくなったら涼太君のせいだからね!」

「花音さんが作ったもんなら、なんでもいっスよ。オレ、完全に胃袋掴まれてるんで。そんで是非花音さんにもオレの袋を……痛い痛い!」

「言わせないから!」

揉めていれば炊飯器から電子音が鳴り、黄瀬はいそいそと食器棚から茶碗を出し始める。結局カボチャの煮物が出来るまで花音にベッタリ張り付いていた彼をもはや怒る気にもなれなかった。


「涼太君って潔癖症っていうか、ベタベタするの嫌がるタイプかと思ってた」

「んー。潔癖症じゃないけど、確かに今まではベタベタとかしなかったっスね。なんか花音さんだと触りたくなる。プニプニして柔らかいし、良い匂いするし」

「……太ってるって言いたいの?」

「いや、花音さん別に太ってないし。触ってると気持ちいいし安心するんスよね」

「子供か」

「子供じゃねーって。まぁ、それはお風呂でゆっくり教えてあげる」

ニコリ、と無駄に爽やかな笑顔が怖いと怯えていると、テレビで「女性でも楽にカボチャを切れる包丁!」とタイムリーなニュースが流れていた。


「へー、テコの原理なんだ」

「花音さん、欲しいの?」

少し考えてから、花音は首を横に振ってみせる。


「ううん、いらない。また涼太君に切って貰うから。ていうか、たかがカボチャ切る姿がカッコいいとかムカつくよね」

「え。オレ、誉められてんの?ディスられてんの?」

「両方です」

また何度でも黄瀬のあの姿を見たいなんて思っているのだから恋愛とは不思議なものだ。


「あーマジ美味い!オレ、花音さんのご飯食べれて幸せ」

「……ありがと」

「こちらこそ、ありがとっス」

ただ一緒にご飯を食べるだけで本当に幸せで、色々悩んだけれど、こんな風に毎日過ごせたらいいな、と言えば「オレもそう思ってる」と黄瀬は照れながら答えてくれていた。


title:sugary 20140505


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