「本っ当にごめん!」

「……私、親にも叩かれたことないんだけど」

なまえにジロリと睨まれて黄瀬は再び頭を下げたが怒りは収まらないようで、舌打ちをされていた。笠松に恋する彼女の恋愛相談に乗っていて、隣の席だというのもあり仲良くしていたのを黄瀬ファンに勘違いされてビンタされてしまったのだから怒るのも当たり前だ。


「黄瀬のファンって悪質だよね。サイテー」

「でもなまえちゃん、3発お返ししたから向こうが泣いて謝ってきたじゃん」

「ビンタされて黙ってられるかハゲ。大体私よりもブスな癖に生意気だし」

「ハゲてないっス!」

「ねえ、花の乙女を傷モノにしたんだからさ、責任取ってよね」

「え。責任って……オレからちゅーのお詫びとか?いやいや、それじゃあご褒美っスよね」

「ふざけんな!そんなんいらないし、むしろ罰ゲームだっつうの!」

恋愛相談を受ける内にうっかりなまえを好きになっていた黄瀬の、ちょっと本気で調子づいた言葉に心底苛ついている様子。


「恋する乙女の可愛いお願いを聞いて」

自分にまとわりついていると誤解されてビンタされた彼女からのお願い、という名の命令を聞き入れるしかなかった。が、数日経てもそのミッションは遂行されずにいてなまえから責められている。


「なまえちゃん、やっぱ無理っス」

「諦めたらそこで試合終了だろうが!あんたバスケ部でしょ!ネバーギブアップ!」

「いや、それバスケ漫画違いだし」

「とにかく早くゲットして来い」

「代わりにオレのパンツで勘弁して……、痛い痛いっ!」

「あんたのパンツなんかいらねーし!……ネットで売れるかな?」

「売るとか止めて!」

「今日必ずゲットして来て。わかった?」

じゃないとあんたが授業中にヨダレ垂らして寝てる写メをネットにアップしてやる!と脅されて渋々頷いていた。その日の部活終了後の更衣室で黄瀬は覚悟を決めて笠松に近付いて行く。


「あの、笠松先輩。お願いがあるんスけど」

「ん?なんだ」

「レッグスリーブください」

「なんだ、お前もはきたいのか?新しいやつあるが、サイズが合わないかも」

「いやいや、新しいのじゃなくて、今日はいてたやつをください」

「あ?」

不信感丸出しな顔と声にビビっていると2人の会話に周りが気付き始めている。


「こんな汗まみれのやつをどうすんだよ。新しいやつを、」

こっそりパクれば良かったなんて今更思うも、そんな犯罪には手を染めたくない、でもストレートにお願いした自分を悔やむが既に遅かった。


「笠松先輩の使用済みが欲しいんス」

「……」

「黄瀬、お前。ここんとこやけに笠松をガン見してると思ったら、まさか……」

「え。森山先輩、変な意味じゃないっスよ!」

「モテ過ぎて女に飽きたか?黄瀬、安心しろ。口外はしないから」

「中村先輩まで!違うんスよ!」

「いやーそうか、モテモテな黄瀬涼太がなー。今夜はブログ炎上だな」

「だから違う!」

ホモ疑惑をかけられて焦っていると見かねた小堀が肩を叩く。


「笠松、黄瀬には何か理由があるんじゃないか?ちゃんと聞いてやれ」

「黄瀬、お前俺の使用済みレッグスリーブなんかどうすんだよ。足のサイズも合わないのに」

「えと……それはちょっと言えないっス」

「んだよそれ!怖くてやれる訳がねぇだろ」

練習で汗まみれの使用済みレッグスリーブを欲しがる理由、それはなまえからのお願いだ。黄瀬がそんなん何に使うのかと聞いたら頬を赤らめて「そんなの言えないっ」とえらい可愛いらしく答えられてときめいたが、何に使うのかは怖くて知りたくない。


「笠松先輩、失礼します!後で同じやつ買ってくるんで!」

「は?バカ、止めろ!気持ち悪っ!」

強硬手段とばかりに跪きスルリとレッグスリーブを降ろした途端に強烈な蹴りを食らった黄瀬は床に倒れこむ。更にボコろうとする笠松は部員達に阻止されたが「黄瀬、お前明日の練習3倍」と言ったのを哀れなエースは白目を向いて聞いていた。


「なまえちゃん、ごめん。ダメだった」

「……チッ」

「舌打ちとか酷っ!オレ頑張ったんスよ?」

笠松に謝り倒してからなまえと合流した黄瀬は踏んだり蹴ったりだと涙目になっている。マジバでおごれと言われてとぼとぼ後ろを歩いて行くと、裏門から同じように下校する2人連れが目に入った。


「え……っと、なまえちゃん、正門から帰ろ?」

「やだよ、また黄瀬ファンに……」

急いで視界を身体で塞いだが遅かったようで、なまえはじっと前方のカップルを見つめている。


「笠松先輩、彼女いたんだ」

「あの、オレも、今日まで知らなくてっ」

「私の方が可愛いのに……。笠松先輩が清楚系がタイプかと思って頑張ってきたのに……。童貞だと信じていたのに……」

中学でギャルを卒業したというなまえはギリィ……と歯軋りして悔しがっていて、学年ベスト3に入る美少女の般若みたいな形相に黄瀬は震えていた。


「なにあれギャルじゃん、笠松先輩騙されてる!童貞奪われちゃう!」

「笠松先輩のクラスに行った時にちょっと話したけど、見た目ギャルでも良い人だったっスよ?なんか幼なじみらしくて」

「生まれて初めて失恋した。ムカつく明日からギャルに戻ってやる」

「え。今のままで良いっスよ。大体もうなまえちゃんが残念な美少女なのは学年中に広まって……痛いっスー!あと笠松先輩、なまえちゃんがいつもオレと一緒だから付き合ってると思ってたって」

「黄瀬なんかやだ。チャラいし早そうだし」

「何が!?」

スタスタと早足になるなまえを追いかけるとうつ向いていて、頬には夕陽に光るものが伝っている。


「なまえちゃん、」

「見ないでよバカ」

ごしごしと乱暴に瞼を擦る手を止めると涙目で見上げられてどぎまぎしていた。


「ね、失恋から早く立ち直る方法知ってる?」

「何……。相手を呪うとか?今はネットで藁人形を買える時代だからね」

「怖っ!それだけは止めて!」

「嘘だっつうの」

笠松と彼女が分かれ道で居なくなるとなまえは多少落ち着いてきたようだ。


「新しい恋をすればいいんスよ……例えばオレとか」

「は?」

「いやー好きになった子がタイプって本当だったんスね」

「訳わかんない」

「まぁ、これから本気出していくんで」

「……勝手にすれば」

呆れた表情を浮かべながらも「お腹減った」とブレザーの裾を引っ張るなまえは可愛いく見えて、席替えの前に絶対に落としてやると黄瀬は決めていた。


title:にやり 20140302

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