サナトリウムの庭の先端から下には紺碧の海が広がっていて、何時も彼女はそこから夢見るような面持ちで眺めていました。
真っ白な横顔は儚げで白百合よりも綺麗で、ボクは声を掛ける前に見惚れてしまうことが多い。
「風が冷たくなりましたよ」
「黒子君、来てくれたの?」
「はい、貴女に会いたくて仕方なくて」
「私も」
長い時間汽車に揺られることさえ構わないと思える程に、彼女と過ごす時間は大切な宝物です。
「ごめんね、こんな遠いところまで」
「構いません。でも…今日はご褒美を貰いたいです」
「ご褒美?」
「はい、ここに」
指差した先がボクの頬だったのを見て耳たぶまで赤く染まる彼女が可愛いくて、車椅子の隣に片膝を付けば迷いながらも口付けを贈ってくれた。
「…こんなファーストキスに最近憧れています」
「サナトリウムって何スか?」
「結核等の療養所ですよ。ちなみに彼女は華族のお嬢様でボクはその屋敷の書生設定です。身分違いの許されざる恋、プライスレス」
「テツは設定まで細かいな」
「てへ」
「頬っぺたに初キスとか、可愛いっス」
「しかも彼女からしてもらうってのが、テツっぽいな。流石の隠れSだぜ」
「青峰君はどんなシチュが良いですか?」
「んー…」
何時も通りに授業をサボって屋上で昼寝をしていたら、入り口の扉の開閉音がした。
眠くて面倒臭いから目蓋を閉じたままでいると軽やかな足音が近付いて来る。
「青峰君、見ーつけた」
現役グラビアアイドル(Fカップ)のマイちゃんの声だと解り、益々寝た振りをするしかない俺。
「起きてよ、青峰君」
「……ん、」
寝惚けたように返事をすればマイちゃんは焦れた空気を放って顔を覗き込むのが伝わる。
「お前がキスしてくれねぇと、目が開かない」
「青峰君ってば」
仕方ないなぁ、と小さな溜め息を吐きつつも柔らかな感触が降ってくるまであと五秒。
「…みてぇな?」
「なんで青峰君が白雪姫的なポジションなのか疑問ですが、中々良いシチュですね」
「相手は先輩の巨乳アイドルで、この後は騎乗位で大フィーバーの裏設定もある」
「学校の屋上で何するつもりっスか」
「いいだろ、青少年の甘酸っぱい妄想なんだからよ」
「黄瀬君はどんなシチュが良いですか?」
「そっスねー」
校舎裏でのベタな告白。これで何回目だよと小さな舌打ちをするも気付かれた様子は無かった。
何時も通りに断ると例外なく粘ってくるので面倒臭くて仕方ない。
「あー、オレ特定の彼女いらないんスよ。束縛されんのやだし、まだまだ遊びたいし」
「じゃあ、」
浮気してもいいから彼氏になってとか、アンタ馬鹿じゃないの。あ、馬鹿ビッチか。どんだけモデルと付き合ってるステータスが欲しいんスか。
「面倒くせー。アンタ、オレに抱かれる程の女だと思ってる訳?ふざけんな、顔隠しても勃たねーよ」
なんて暴言を聞いてもまだ追い縋るとか、マジありえねーし。
「はぁ…。じゃ、フェラ一回で一万円ならオッケーっスよ。勃たせることが出来たら二万でヤってやるよ」
中学生ながら、オレはその日千人斬りを達成するのだった、まる
「…みたいな感じですか?いやはやゲスの極みですね」
「ちょ、オレ、そんなゲスじゃないっスよ!しかもどこにも初キスの下り無いし、黒子っち捏造止めて!」
「お前のイメージはそんなんだよ。童貞だけど」
「金なんか貰わないっス!お願いオレの憧れシチュ聞いて!」
「「はいはい」」
初のお家デートに緊張気味のオレ達は微妙な距離を保ちソファーを背に座っていた。
会話が途切れてしまいテレビのリモコンを探していると、彼女の小さな手に触れて慌ててごめん、と謝るといいよ、と笑ってくれたのでそのまま手を握る。
「あのさ、」
「ん?」
「キキキキ、キスしてもいっスか?」
「黄瀬君、噛み過ぎ」
モデルなのに…、でもそんな素の黄瀬君が大好きだよ、と優しい笑みを浮かべている彼女が可愛いくて堪らずにそっと目蓋にキスをしていた。
「…みたいな?きゃー!恥ずかしいっス!」
「おめー、キスしてもいいとか聞くなよ。萎えるだろうが。しかもなんで目蓋なんだヘタレ金髪チャラ男」
「目蓋が今のオレの精一杯なんスよ。てかチャラくないし!」
「そういう空気を如何にして作り上げるかが、腕の見せどころでしょう。彼女の期待を完全に裏切ってますよ、このヘタレ童貞モデルが」
「やっぱダメ出し?そして罵詈雑言ハンパないっス!」
「てゆーか、彼女欲しいよな」
「そっスね、オレも青春したい!」
「はい、この三人での妄想発表会が悲しくなりつつあります」
「あ、いたいたー。黄瀬ちん、黒ちん、峰ちん、もう昼休み終わるよー」
「あ、紫原君。君も良ければ憧れファーストキスのシチュを語りませんか?」
「ん?俺、もう初キスしちゃったしー」
「「「え!?」」」
「こないだポッキーゲームやってたら、奪われちったー。あらら?三人とも、まだだったの?まさか童貞じゃないよね?」
昼休み終了を告げるチャイムを聞きながら、心が折れた三人は白目を剥いて項垂れていました。
黒子君は純文学的な、青峰君と言えば、屋上。黄瀬君って、お家デートが好きそう(※あくまでもイメージです)
20130120
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