「おはよっス、緑間っち…って。あれ?今日遅くないっスか?」
「駅に着くまでに職質に三回捕まったのだよ」
(あー…そりゃあ…当然っスよね)
全長1メートルはありそうな仏像…千手観音だろうか。そんなもんをデカい男が朝から持ち歩いていれば、警察官も警戒するであろう。
「今日のラッキーアイテムなのだよ」
「そんなもん家にあったんスか?」
「いや、ない。急いで骨董屋に行って探した」
まだ開店していない骨董屋を無理矢理開けさせたらしい。
おは朝信者、恐るべし。
電車がホームに入ってきたが既に周りからは異物を見る目で見られていた。
黄瀬はこっそりと車両を変えようと忍び足で逃げたが直ぐに襟を引っ張られる。
「今日は特別に同じ車両に乗っても許すのだよ」
「いやいや、遠慮したいし。てか何故に上から目線?」
俺のラッキーアイテムの千手観音を守れと言われて仕方なく同じ車両に乗り込んだ。
混んでいるにも関わらず二人の周りをぐるりと1メートルは間をとる乗客達。
「いだだだだっ!」
ふいに車体が揺れて千手観音のどこかの指先が、黄瀬の背中の妙なツボを突っつき激痛が走った。
「ちょ、緑間っち酷いっスよ」
「俺ではない。千手観音の仕業だ」
「持ち主は緑間っちだし!」
涙目で訴えるもクールに眼鏡を押し上げる緑間は我関せずといった面持ち。
そして再び電車の揺れに合わせて千手観音が黄瀬に近付いた。
「いっ、いだだだだっ!だから痛いって!」
「お前は汚れ芸人か。五月蝿いのだよ」
「変な武器みたいのが、鳩尾に入ったっスよ!」
「…黄瀬の癖に"みぞおち"を漢字で言ったのだよ」
「そんなん携帯の変換で…ん、あっ!」
今度の揺れでは千手観音の人差し指がピンポイントで制服の上から、黄瀬のビーチクを突っついて変な声を漏らしてしまう。
「気色悪い喘ぎ声を出すな」
「だって、乳首にっ。しかも両方同時って、わざとっスよね?」
「だから千手観音のお導きだ。お前は女子か」
スクバを肩に掛けて両腕を交差して胸を死守する黄瀬に呆れた口調で告げた。
「オレ乳首弱いんスよ」
「そんなの知りたくなかったのだよ」
カーブに差し掛かった電車が大きく揺れて千手観音は、あろう事か黄瀬の股間にその指先を伸ばす。
「ひっ!そ、そこは絶対にダメっスよ!緑間っち、絶対にわざとやってるでしょ?」
「馬鹿な事を言うな」
下半身を守るべく、くるりと反転した途端に千手観音の攻撃が突き刺さっていた。
「ーーっ!?カンチョーされたっス!もうお婿にいけない!」
「ではお嫁にいけば宜しい。着いたぞ、黄瀬。早く降りるのだよ」
社内吊りを飾るファッション誌の表紙でモデルスマイルを浮かべている黄瀬と、緑間の持つ千手観音に散々弄ばれて変な声を出しまくり涙目の黄瀬。
その両方を複雑な顔で見比べる、電車内の女子中高生やOLさんの視線が痛かった。
絶対にファンが減ったとぶつぶつ愚痴る黄瀬、背後からリーマンにぶつかられた緑間。
千手観音の複数の手で突き飛ばされて、駅の階段を黄瀬が木の葉のように転げ落ちるまであと5秒。
こんなラッキーアイテムだったらどうなるのか。
そんだけの理由で初めて緑間君を書いてみた。
20121015
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