「みょうじちゃん、今日だけモデルをやってくれないか。頼むよ!」

撮影前の打ち合わせで編集長の渡辺から頭を下げられてしまい、なまえは困っていた。
黄瀬の相手役のモデルがインフルエンザで来れなくなり、急に代役も見つからずにスケジュールも今日以外は無理で、スタッフは皆真顔で自分を見つめている。
この状況を彼はどう思っているのか、「なまえと撮影?やりたい!」と喜んでくれたら考えてもいいかな、なんてチラリと様子を窺えば不機嫌そうに渡辺と2人で話したいと言っていた。

仕方なくスタッフは会議室から出てお茶や喫煙所へ各々向かったが、なまえは2人の話し合いが気になっている。
メイクルームで待っていると程なく渡辺が現れて申し訳なさそうに謝ってきて、訳がわからなくてとにかく話を聞いてみた。


「あの……、黄瀬君がモデルじゃないみょうじちゃんを使うのはプロとして、どうなのかと言っててさ、」

「……そうですか」

まさかの黄瀬からの拒否に心臓が凍りついた気がして、でも目元には熱いものが込み上げてきて、再び代役を探しに向かう渡辺をぼんやりと見送る。
バスケメインの黄瀬だがモデルの仕事にも真剣に取り組んでいて、それはなまえにも解っていたのに、一緒に撮影するのを嫌がられてると思えば悲しくなっていた。
彼に溺愛されていると自惚れていた自分が恥ずかしくて情けなくて、でも仕事場では泣きたくなくて我慢しているとふいにドアが開き黄瀬が入って来る。


「みょうじさん。……え、なんで泣いて、」

「泣いてないし、関係ないでしょ。……黄瀬君は私と一緒に撮影したくないんだから」

「え、」

「別に私だって撮影なんてしたくないし」

「あのさ、渡辺さんに言ったのは、」

うつ向いて涙を拭うなまえの手を取った黄瀬は、困ったような表情で少し歯切れ悪くも話し始める。


「渡辺さんに言った事はプロのモデルとしての建前。でも本当は、」

そっぽを向いていると、ぐい、と手を引かれて広い胸に抱き寄せられ、耳元に掠れ気味の声が届いていた。


「ただでさえ可愛いオレのなまえがプロのメイクさんに綺麗にされて、そんで全国の男に見られるのがやだ。すげーやだ。……こんな本音、渡辺さんには言えなくて。なまえとはいっぱい写真撮りたいんだけど」

embrasse-moiはカップルで読めるファッション誌が売りの為に男の読者もいるだろうが、彼の本音が単なる嫉妬と独占欲な事が嬉しくて堪らない。


「渡辺さんに言ったのそのまま伝えられたら、傷付けちゃうかと思って心配で」

「ビックリするくらい傷付いた」

「ごめん、なまえ」

「いいよ。ちゃんと涼太が話してくれたから」

目尻の雫を指先で掬われて見上げると安心したのか黄瀬は柔らかな笑顔を浮かべていた。
それにしても、編集長の渡辺には読者モデル時代から可愛いがって貰っていて、何とか助けてあげたいと考えているとドアがノックされてパッと離れれば師匠の緋川が現れる。


「あら、お邪魔だった?ねえ、なまえ。やっぱり代役は無理っぽいわよ。ナベさん禿げそうな位に焦ってる」

どのファッション誌だって人気モデルを使いたいのは当たり前で、撮影当日にスケジュールが空いているのは新人くらいだろう。


「黄瀬君。大好きななまえが全国の男のおかずにされたくないのは解るけど、今は緊急事態なの」

「おかずって……。エロ本じゃないんスから」

「結局同じでしょ?他の男に見せたくないのは。で、私に良いアイデアがあるの」

フランスから帰国したばかりで渡辺に呼び出された緋川に促されて会議室に戻り、今日の撮影プランをスタッフ揃って聞いていた。
そして1時間後。


「うわ、なまえ、可愛い!」

「黄瀬君、」

「あ、えと……。アンジュさん、だっけ?」

「そ、気を付けてよ」

なまえは長い金髪のウィッグにグリーンのカラコンとメイクさんの手腕により、完全に別人になっていた。
プロフィール全て非公開の新人ハーフモデルの設定で相手役をする事になり、これならなまえだと解らないので妥協しろと、緋川に半ば脅された黄瀬は渋々ながらも了承している。
つかアンジュって何だ。

今日の撮影のコンセプトはホワイトデーにおうちデートで、色んなタイプの彼女を想定してプレゼントしたいウェアや小物……ちょっとだけランジェリーも有り、企画の段階でなまえはイラッとしたのを思い出した。
最初はゆるふわ彼女のルームウェアで自分では絶対に選ばない、ベビーピンクのモコモコ素材のインナーとパーカーにロングのパンツだ。


「そんなに緊張しないで、おいで」

「……黄瀬君がリードしてよ」

黄瀬の気遣いは嬉しいが眩し過ぎる照明も気になるし必要最小限とは言え、それなりの人数のスタッフに見られて足が震えていた。
くそ忙しいのに年末に脱毛行って良かったと密かに安堵しつつ、ソファーに並んで座り雑談している間にカメラのシャッター音が響く。

押さえ目のボリュームで洋楽が流されると2人の話し声がスタッフまでは届かないらしく、少しずつ力が抜けていた。
それにしても「もっとはにかんだ感じで笑って」「初々しい感じで」だの指示されて少なからず苛立たち、そんなん出来るか!と文句を言いたいが撮影になれば普段は仲良しのスタッフも良いものを作ろうと真剣なので頑張るしかない。


「リラックス、リラックス」

「……」

黄瀬に手を握られただけでビクリと動揺してしまい、自分ではないみたいで恥ずかしくなる。


「今の顔、初々しくて良いよ!アンジュちゃん」

どんな顔をしていたのかなんて知りたくない、と益々頬が熱くなり、チラッと横を見れば優しく笑う黄瀬がいた。
てかアンジュって誰。
カチンカチンに緊張していて次の撮影の為に着替える時間までがとてつもなく長く感じていた。



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