本当にあっという間の出来事だった。
同じクラスの田辺と一緒に駅まで歩いていたら急に路地裏に連れて行かれ、突然の告白を断わった後に壁に追いやられていたのは。
非常に不味い状況だと焦っても壁ドンされてしまっては逃げ道がなかった。


「何してんだよ、盛ったクソガキが」

ジリジリと顔が近付くのに戦慄しているとふいに聞こえた低い声と共に田辺の身体はポイとゴミみたいに投げ出されている。


「……え、」

「こんな奴に襲われてんじゃねーよ」

え、この人誰?通常の口調も崩れて眉間に皺を寄せて、鬼の形相とはこのことかと震えていたが、こんなに長身でイケメンなんて中々居ないので、紛れもなく彼氏の黄瀬だった。


「行くよ」

「あ、うん」

グイグイと腕を引いて助手席に投げるようになまえを押し込めると、直ぐに運転席に座る黄瀬は滅茶苦茶に怒っているのが解る。
何時も爽やかでシャララな笑顔で王子様みたいに優しくて、気が利いて紳士的な、昨年大学を出たばかりの人気モデルで……こんなところは初めて見た。
恐ろしくて話も出来ずにいれば車は黄瀬のマンション近くの道路で停車していた。


「何であんな男に着いて行くんスか。人気のない路地裏とかあり得ない」

「だって最初は普通に道を歩いてて、」

「何時も通る道じゃなかった」

「……そう言われれば、確かに」

とボソッと言った瞬間にパタンと背もたれが倒れて呆気に取られていると、目の前には黄瀬の綺麗な顔がありシートを倒されたのだと今更理解する。
押し倒された状態で暫し見つめ合うも、怒りオーラは車中に充満していてピリピリと肌を刺す気がしていた。


「オレがたまたま違う道通ってきたから良かったものの、あのままだったら襲われてたかも」

「そんなこと……、やっ!」

スルリと冷えた手で太股を撫でられて抵抗したが簡単に両手は大きな手で拘束されている。
全く振りほどけないのは男女の力の差のせいで、じわじわと恐怖心が身体に這い上がってきた。


「やだ、や、」

「前も言ったっスよね?男と2人きりになるなって」

「……言われた、けど」

「まぁ、メールくらいならって許してたけど、頻繁にメールのやり取りしてるからあのガキんちょも期待したんじゃないスか?」

「や!」

なまえの片足を持ち上げて膝小僧にキスを落とし、そのまま上目遣いで見つめる黄瀬の表情に息が止まりそうになる。
切れ長の琥珀色の瞳はギラギラと野生の獣のようで、何時もの人懐っこいものではなく獲物を狙う貪欲な光を灯し、そして酷くセクシーなものだった。
ずくん、とお臍の下辺りが疼いているのは気のせいではない。


「膝小僧で感じちゃった?やらしいっスね」

「違っ、」

「嘘つき」

「んっ!」

唇を塞がれて顔を反らそうとしても無駄な足掻きでしかなく、何度も角度を変えて唇を吸われる息苦しさに開いた隙間から、ぬるりと舌が捩じ込められていた。


「ん、んーっ!」

触れるだけのキスしかされた事がない違和感から止めて貰おうとしても許されずに、上顎や舌の裏までねっとりと蹂躙されてゆく。
乱暴な、例えれば噛みつくようなキスなのにざらりと舌で粘膜を擦られる度に気持ちが良くて、更に舌を吸われたり上唇を甘噛みされると甘ったるい声を漏らしていた。
段々と互いの混じりあった唾液が溜まり、意識もあやふやになった頃にやっと唇を解放されて見上げる。


「なまえ、飲んで」

鋭い視線に射抜かれて、どうしようかと迷っていた唾液をゴクリ、と飲み込むと黄瀬は初めて笑顔を見せていた。


「いい子」

はぁはぁとまだ息を整えていると笑みの消えた、でも綺麗な顔は自分をじっくりと見下ろしている。


「初めてが車の中だったら、絶対に忘れられないっスね」

「……涼太君?」

恐ろしい言葉を空耳だと思いたいのに、リボンを外されシャツのボタンを手際良く外されて必死に抵抗していた。
開いた胸元を辿る生暖かい舌の感触に肩を揺らし、一際強く吸い上げられて、肌に赤い所有印が刻まれたのだと解る。


「やだ、涼太君、や……、お願いっ」

シャツを左右にはだけられて我慢出来ずに涙をポロポロと溢すのを見てようやく黄瀬は手を止めて、優しく抱き締めてくれて心地好い体温と香りにすっぽりと包まれていた。


「男が狼だって解った?」

はぁ、と溜め息を吐き出して前髪をかき上げる仕草さえもカッコ良くて思わず見惚れてしまうが、我に返ってシャツで胸元を隠すとクスッと笑われる。


「なまえが悪いんスよ。これはオレの忠告を聞かないお姫様へのお仕置き」

「………」

「ちょっとやり過ぎかと思ったけど、ディープキスした後の顔が「もっとして欲しい」って感じでつい、」

「そんな顔してない!ばか!涼太君のすけべ!」

「してたって……、痛い痛い!」

実際は初めてした深いキスは気持ち良くて腰が抜けるかと思ったが秘密にしておく事にした。
ごめん、と困ったように眉を下げて頭を撫でてから抱き起こしてくれる黄瀬は何時も通りで、脱力してしまい元に戻したシートに深く凭れる。


「涼太君て二重人格なんだね。本当に怖かったんだから」

「あんな場面見たら誰だってキレるし」

「……もしかして、嫉妬したの?」

「当たり前っしょ。大好きでお姫様みたいに大切にしてる子なんだから」

何時も女の子やファンに囲まれる人気者の黄瀬にヤキモキするのはなまえの方なのに、と気付けばニヤニヤしていたらしい。


「なんスか?さっきのキス、そんなに気持ち良かった?何時も軽いのしかしてなかったし。……ずっとあんなキスしたいなって我慢してた」

「そうだったの?」

「うん、でももう我慢しない。嫌われたくなかったけど、なまえも満更でもないみたいだし」

チラリと艶やかな目線を受けてもじもじしていたが感じてしまったのは本当なので、こちらも正直な気持ちを伝えたい。


「……イヤじゃ、ないよ。涼太君だから」

「本当に?」

「うん、あのね。大好きな涼太君なら、私の全部あげてもいいって思ってる」

付き合ってかれこれ半年で、中々言えなかった事をこの機会に告白すると、黄瀬はハンドルに顔を埋めて何やら呻いていた。


「……なんでそんなに可愛い事を言うんスか。オレがどんだけ色々我慢してると、」

「だって、本当にそう思ってるんだもん」

「なまえ」

「なーに?」

「このまま車内か、それともオレの部屋のどっちでオレに初めてをくれる?」

「え……。あの、涼太君のお家でお願いします」

「かしこまりました、お姫様」

自分よりずっと大人なのに可愛いとこもあるんだなーと、ミラー越しに見ているとふいに目が合った王子様は柔らかな笑みを浮かべている。


「オレがどれだけなまえを好きか、今夜たっぷりと教えてあげる。」

「……うん」

滑らかに走り出す車から街のネオンを見つつママにお泊まりするってメールしなきゃと、覚悟を決めてスマホをスクールバッグから取り出していた。
私が恋する王子様は見た目とは裏腹に肉食系だったみたいです。とは勿論打てなかった。


王子様のキスが甘いなんて嘘だ

20140106




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