ホッカイロを買って来ようかとビル風に煽られて震えあがり迷ったが、今この場を離れてしまえばすれ違いになってしまうかも知れない。
もしかしたらもう帰ってしまったなんて最悪なパターンを恐れつつ、それでも諦めきれない自分の愚かさに我ながら呆れて更にマフラーに顔を埋めていた。


「……黄瀬君、まさかずっと待ってたの?今日は残業になるって言ったじゃない」

「なまえさん!」

顔が痛く感じていた寒さも一瞬忘れる程に待ち焦がれていた相手の登場に立ち上がると、呆気に取られていたなまえの表情はみるみる不機嫌なものに変わってゆく。


「バカじゃないの?バスケがあるのに風邪引いたらどうするの?」

「……お仕事、お疲れ様。やっとなまえさんに会えた」

「人の話を聞いてた?」

「大丈夫、鍛えてるから」

「……こんなに冷えてるじゃない。本当にバカなんだから」

登下校に使う手袋はなまえと会える時にはエナメルバッグの底へ隠してしまうのは何時もの事だ。
真冬でも素手の黄瀬を見ると寒がりな彼女は心配してこうやって自然に黄瀬の手を包んでくれるから。


「なまえさんの手も冷たいっスね」

そう言って手を繋いで歩き出すと最初の頃は文句を言っていたのに、最近では諦めたのか大人しく隣を歩いてくれた。
なまえに猛アピールを始めてから既に半年、未だに色好い返事は貰えないが、こうやって手を繋ぐだけでも冷えきった身体が少しずつ温もりを宿す気がする。

スーツにトレンチコートと高校の制服に羽織ったピーコート、8センチはあるパンプスとバッシュは2人の年の差を簡単かつ顕著に示していた。
一体周囲からはどんな関係に見えているのかと気になる、と考えていれば運悪く海常の女生徒2人組と鉢合わせてしまう。


「黄瀬君!偶然だねー」

「あたし達これからカラオケ行くんだけど……」

「あの、黄瀬君のお姉さんですか?」

無遠慮にじいっと見られた挙げ句にそんな事を聞かれて、どう答えようかと思案していれば先に黄瀬が口を開いていた。


「うちの姉ちゃんはこんなに美人じゃないっスよ」

「え、じゃあ、」

「オレにとって一番大切で……本当に愛しいって思える人。だから邪魔しないでね」

ニコリと営業スマイルを浮かべて唖然と突っ立ったままの2人を置いて歩き出すと、背後からは「信じらんない」「あり得ないよねー」「でも綺麗な人だった」と騒ぐ声がしたが勿論無視だ。


「……黄瀬君、あんな事言って、」

「週明けには学校中に広まってるかも」

「訂正して来た方がいいよ」

「なんで?オレ、本当の事言っただけだし」

愛しいって思える人。
先程の黄瀬の言葉がなまえの頭の中でリフレインして、また心臓が止まりそうになっていた。
ずっと付きまとわれて好きだと言われて、その度に冷たくあしらっての繰り返しだったのに、心臓を鷲掴みどころか危うく心肺停止の危機に襲われるだなんて。
でも勘違いしてはいけない。今は「一番」なだけで、彼の気紛れで年上の社会人にちょっかいをかけているのだとしたら、こっちが本気になってしまえば後々苦しい思いをするのはなまえなのだから。


「あのさ……黄瀬君。もう止めようよ。これ以上、大人を困らせないで」

「え、」

「ああいう事を言えば、年上の女も簡単に落ちると思った?」

「さっきのはオレの本当の気持ち。簡単に落ちるなんて思ってないし、実際半年以上オレ、フラれっぱなしだし。でもそれ位、なまえさんはいい女だから」

「もう、いい。帰る」

「ちょ、待って、」

これ以上聞いたら引き返せない、駄目だ、何時もより低くて真剣な声を聞いて顔も見ずに背中を向けていた。


「離して、」

「やだ。なまえさん、ちゃんとオレを見て話を聞いて」

「や、」

「え……。なんで泣いて、」

「泣く訳ないでしょ!」

「嘘つきっスね」

腕を引っ張られて逃走を阻まれて無理矢理顔を上げさせられれば、涙を零しているところを暴かれてしまう。


「ね、なんで泣いてるんスか?」

「黄瀬君が、あんな事言うから……。私の心臓が止まるような事言うから、」

「心臓止まりそうになって、泣ける程にイヤだった?」

そっと目尻の涙を掬われて、困ったように眉を下げて聞いてくる表情が切なくて、胸が益々苦しくなっていた。


「イヤなわけ、ない」

「え」

「帰る」

「いや、ちょっと待って!」

強引に掴まれたままの腕を振り払おうとした反動でトレンチコートのポケットに突っ込んでいた手袋がポロリと地面に落ちる。


「あ、」

「寒がりな癖に今日も手袋持ってないふりしてたんスね」

「今日もって……、気付いてたの?」

「はいっス。あー、勘違いじゃなくて良かった!オレも、冬になってから何時も手袋忘れたふりしてた。だってそうすればなまえさんが心配して手に触れてくれるから」

「そうだったんだ」

「うん。なまえさん、最初は冷たいリアクションしかしてくれなくて、やっぱ年下の高校生はガキだと思われてんのかなって不安ばっかで。なまえさんを会社の近くで待ってた時に同僚みたいなリーマンに年下なんて本気で相手にされないぞって牽制されてマジで凹んだし。でも最近は、オレの事を少しは気にしてくれてんのかなーってバカだから勘違いしそうになってて」

なまえと同じような不安を黄瀬程のハイスペックな男が感じていたなんて信じられないが、泣きそうに切々と訴える言葉を嘘だとは思えなかった。


「オレ、本気でなまえさんが好き。こんなに必死に、がむしゃらにアタックするの初めてだしカッコ悪いかもだけど。なまえさんに捨てられないように頑張っていい男になるから、だから、オレと付き合って下さい!お願いします」

「……っ、くしゅんっ」

長いこと公園内で揉めていたせいか気温が更に下がってきた為か、こんなタイミングでくしゃみをしていた。


「はい、なまえさん専用シェルター」

「え、」

ピーコートを開いてなまえを招き入れ、そのまま抱き締める黄瀬の腕の中で固まっていた。


「ちゃんと答えるまで出れませーん」

「やだ、人が見てる、」

「早く答えて」

ぎゅ、と更に拘束の強まる腕の中は温かくて心地好くて、互いの心臓が早いリズムを刻むのが伝わってくる。
今、気持ちも重なっているのかな、と思えばちょっとだけ素直になってもいいかと、深呼吸をした後に背伸びをして薄い唇にキスを落とした。


「私も……好きだよ、」

不意討ちのキスに一瞬フリーズしていた黄瀬は頬を突っついてやるとやっと我に返ったようだ。


「なまえさん……。マジで?」

「うん。黄瀬君がストーカーみたいにしつこいし、ウンザリしてたのに。でもいつの間にか好きになっちゃった。責任取ってよね」

「と、取り敢えずはご両親に挨拶に、」

「それは早過ぎ」

「あの……もっかいキスしたい。今度はオレから」

「ん、」

ちゅ、と一度触れた唇は直ぐにまたなまえの唇に戻り、啄むように何度もキスを降らせていた。


「なまえさん、好き」

愛しいと言わんばかりの眼差しに捕らえられ冷えた頬っぺたを宝物みたいに撫でられて、じわじわと幸せな気持ちに包まれる。
遅くなるし、もう帰ろうと言っても黄瀬はごねていたが送って行くからとなまえのマンションまでの道を並んで歩く。


「なまえさんのスーツ姿見る度に自分が年下なんだって思い知らされるけど……。でも女っぽくて好き。でも、もっと色んななまえさんが見たい」

「私服、普通だよ」

モデルをやっているらしいから、ファッション全般が気になるのだろうか。


「私服でも部屋着でも何でもいい、見たい」

「……そんなに見たいなら、見に来ればいいじゃない」

「え、」

「黄瀬君の知らない私を見せてあげる、って意味」

「えと、あの、……いいんスか?」

半年以上も散々焦れさせたのだからこの可愛い忠犬に、ご褒美も必要だと頷くと思い切り抱き着かれてよろけてしまう。


「私だって色んな黄瀬君を見たいんだよ」

何十回目か解らぬ告白の成功に浮かれている黄瀬に聞こえたのか解らないが、マンションのエンランスに入る前から転けている間抜けな姿を見て吹き出していた。



20140103




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