アプリコット・ヴァージン


カーテンの隙間から射し込む光のせいで目覚めてから暫しボーッと天井を見上げていると、住み慣れた部屋よりも高いなと違和感を感じた。
そうだ、昨晩から黄瀬と一緒に暮らしているのだと思い出して起き上がる。
そうっと部屋のドアを開き顔を洗いに洗面所へ向かう間にフルーティーな爽やかな香りが漂い、シャワーの流れる音に気付きピタリと歩みを止めた。
黄瀬は朝もシャワーを浴びて登校するのか。でもまだ夏休みのはずだけどと疑問が過るが、このまま進めば昨晩同様に半裸の彼にからかわれるに違いない。
戻らないと、と思った瞬間にガチャリとバスルームの扉が開き湯気の中から金髪がゆらりと現れていた。


「あ…。花音さん、おはよ」

「……」

半裸どころか全裸の黄瀬を前にピキッと固まってしまい声も出せずに微動だに出来ない。


「バスタオル忘れちゃって。持ってきて欲しい…。花音さん?おーい!」

「きゃああああーっ!!」

「ぷへっ!」

反応しないのを不思議に思った黄瀬が一歩近付くとやっと金縛りの解けたような花音は肩に掛けていたタオルを投げつけて走り去る。
部屋に飛び込み先程しっかりと見てしまった鍛え上げられた裸体の残像を記憶から消そうと必死だった。
水滴の滴る綺麗に浮かび上がった鎖骨や逞しい胸板、細身で引き締まった腰…及び局部の残像には強制的にモザイクをかけてみる。


「花音さーん?もう風呂出たから洗面所使って」

「…はい」

まだ身体同様に震える声で答えてから何とか立ち上がり、新しいタオルを掴んでこっそりと部屋から出ると黄瀬は呑気にミネラルウォーターを飲んでいた。


「花音さん、大丈夫?」

「大丈夫な訳、ない」

「…ぷふっ。右手と右足が同時に出てるっスよ?」

「うるさい!」

ザブザブと顔を洗いながらあのオールヌードの記憶も消し去りたいと願うも無駄な足掻きだった。
気持ち足音を控えめに戻ったリビングにまだ黄瀬は居てテレビを眺めていて、まだ六時過ぎだと花音は気付き驚く。


「涼太君、何時もこんなに早起きなの?」

「ん?平日はそうっスよ。毎朝走って来るんで」

「毎朝?」

「自然と目が覚めるんスよね。学校行っても朝練あるし」

「あ…バスケやってるんだっけ」

黄瀬の姉に最後に会った時にそんな事を聞いた気がしたが、早朝とはいえまだ残暑の残る中を走りに行くなんて意外に真面目だなと感心していた。


「キッチン借りていいかな?朝御飯作るよ」

「え!作ってくれるんスか?」

「何かあれば適当に…。冷蔵庫開けさせて貰います」

「花音さん、一緒に住んでるんだからそんなん一々、聞かなくていいっスよ」

「だって…。あ、意外。お野菜がある」

「縦結びになってる」

部屋から持ってきたエプロンを身に着けていると背後から黄瀬の声がして振り向くと、腰紐を結び直されていてビビってしまう。


「うわ…細っ。なんか良いっスね、女の子のエプロン姿って」

「ありがと…」

女の子って年齢でもない気がするが柔らかな笑みを浮かべる黄瀬に礼を言うと、直ぐにニヤニヤと厭らしい笑みに変わる。


「是非今夜は裸にエプロンをして欲し…痛い痛い!ジョークだって!」

「…変態っ」

「裸にエプロンは男のロマンっスよー」

花音のパンチした肩を擦りながらキリッと言われても言ってる事はしょうもない。
まな板で野菜を刻み始めても背中に視線を感じてチラリと見れば嬉しそうに見つめる琥珀色の瞳。


「あの…。気になるんだけど」

「見てちゃダメっスか?」

「ダメっていうか…」

きゅるん、と寂し気アピールされて、こいつあざと可愛いなと溜め息を溢していた。


「なんか手伝おっか?」

「えと…じゃあ玉ねぎ剥いて貰おうかな」

結局隣に来た黄瀬に見られながらミネストローネを作り洒落たスープボウルに注ぎ入れ、テーブルに置くとトーストもタイミング良く焼けたようだ。


「すげー美味いっス!」

「本当?…ん、我ながら美味しい」

「オレ、母親以外が作った物って苦手っていうか食えないんだけど…。花音さんのはオッケーみたい」

「…そうなの?」

「あ、別にマザコンじゃないんで。外食は全然平気だし。あーマジ美味い!」

「なんか自分の子供に作ってあげた気分」

「オレは花音さんの旦那様でしょ?何なら今夜は子作り…ああっ!すみまっせん!スープ取り上げないでぇぇー!」

「んもー。涼太君、やらしーコト言わないで」

スプーンを唇にあてたまま恥ずかしそうに目を反らす仕草にドキッとしてスープを溢しかけた黄瀬の耳がちょっと赤らんでいた事に花音は気付く余裕は無かった。


20131111
20131207修正
20131213再修正


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