甘くて苦い夜は泣かないように星を添えて


夜、8時を過ぎても黄瀬が帰って来ない。
毎日マメにメールか電話で何時に帰ると必ず連絡がきていたのに今日はそれが無い。
ここ何日か元気がないのには気づいていたが、聞いても「花音さんがヤらせてくんないから」とふざけた事を言われて損をした気分だ。
明日は土曜日だし、もしかしたらデートでもしてそのままお泊まりなのかも知れない。

正直、女癖が悪いと思っていたのにほぼ毎日バスケの練習でたまのオフにはモデルの仕事が入り、何時女の子と遊ぶのかと不思議に思っていた。
まぁ生き抜きも必要だよね、と考えつつも1人でご飯食べるのは寂しいなと溜め息を吐き出す。
一応メールで「今日、遅くなる?」とだけ送信してからもう少しだけ待とうと時間稼ぎにコンビニへと向かった。

適当にお菓子や飲み物を買った帰り道、こんな風に1人でコンビニに夜出掛ける事にさえ自由を感じて頬が緩む。
実家にいた時は1人暮らしも許されずに、門限もあったしこんな時間に家を出た事が無かった。
行きとは違う道を選んで歩いていると近くで何か物音がしてキョロキョロと辺りを見回せば、道路沿いの公園からで不良がたむろっているのかと身構える。
歩きながら横目でチラリと見れば公園内にバスケのゴールがあり、街灯に照らされた長身の男がドリブルしていた。


「……涼太君?」

「あれ、花音さん」

「帰りが遅いと思ったら、自主トレしてたの?」

「え。あ、もしかして探してた?」

「探してたっていうか……。連絡ないけど一緒にご飯食べたくて、時間潰してコンビニ行ってた」

「あー、なんかごめん」

「わ、凄い汗。まだやってくの?」

「いや、一緒に帰る」

並んで歩きながら、様子を窺えばやっぱり黄瀬は元気がないように見える。
マンションに着いて黄瀬がシャワーを浴びてから温め直した夕食を一緒に食べる間も彼は無口だった。
風呂上がりにお節介だとは思ったがこんな状態を見過ごせずにおずおずと聞いてみる。


「あの、さ。何かあったの?」

「は?別になんもないっスよ」

「私じゃ頼りにならないかも知れないけど……。ほら一応教師だし、」

照れ隠しに言った言葉で黄瀬の眉毛がピクリと歪んだのを見て、あ、余計な事を言ったかもと後悔していた。


「……教師、ね。じゃあ、オレの悩み事聞いて何してくれんの?慰めてくれんの?藤白先生の身体で」

「え、」

グイッと手首を掴まれてソファーにあっという間に押し倒される。


「お察しの通り、オレすげームシャクシャしてんだけど」

「あの、だから……その理由を、やっ!」

身体のラインをルームウェアの上からゆっくりと大きな手でなぞられて、ビクリと震えると首筋に生暖かい感触。


「涼太君、私、ちゃんと話したいの。教師としてじゃなくて。お願い……」

「……ちゃんと奥さんとして?」

「あ……うん、そうです」

「だったら、しょうがないっスね」

よいしょ、と起こされて安心していたら黄瀬はそのまま花音を抱き締めてソファーに座り直す。


「……涼太君、降ろして欲しいんだけど」

「やだ。顔見られたくない」

ぎゅ、と顔が逞しい胸板に押しあてられてドキドキと心臓が騒ぎ出していた。


「こんな泣き言、本当は話したくないんスけど……。なんかもういっぱいいっぱいで」

耳元に届く声は弱々しく消え入りそうで、今にも泣き出しそうで花音まで切なくなる。


「オレ、今年からバスケ部のキャプテンにされたんだけど」

最初は監督に断ったが他にキャプテンにふさわしい者は居ないと説得されてしまった。
1年からレギュラーでチームのエースで、更にキャプテンだなんて重圧は無理だと思ったし、実際に夏のインターハイでも結果が残せずに益々自信を失う。
今はウインターカップ予選を前向きに考えられない。
ポツリポツリと話す黄瀬の背中をあやすように撫でながら花音は黙って聞いていた。


「なんかオレ、情けないっスね」

「そんな事ないよ」

「……」

「涼太君はバスケも海常のチームも好きだから悩んでいるんでしょ?私、バスケの事はよく解らないけど、バスケしてる涼太君を見ていたい」

「……ん、」

「バスケしてる涼太君って、鳥みたいに高く飛んでてカッコ良くて、私まで飛んで自由になれそうな気がするんだ」

「鳥みたい、スか?」

「うん、あのね。私ずっと籠の中の鳥みたいな生活だったから、今が、涼太君との暮らしが楽しくて仕方ないの。涼太君が私を自由にしてくれたんだよ。ありがとう」

「大袈裟っスね」

「だって本当なんだもん」

「オレこそ、ありがと。なんかちょっとスッキリしたかも」

「ちょっとだけ?」

「花音さんがヤらせてくれたら、心身共にスッキリ……痛い痛い!すんまっせん!」

「んもー、涼太君のすけべ!」

「お尻触っただけじゃ……、だから痛いって!」

肩をガンガン叩かれて黄瀬は涙目になっていた。


「もう寝るから離してよ。セクハラキャプテン」

「ひどっ!」

ソファーの上で距離を取ると黄瀬の表情は先程よりもリラックスしていて、花音にセクハラするのがストレス発散になっているみたいで腹立たしい。


「ね、花音さん。お願いなんスけど」

「何?いやらしい事はやだからね」

「……」

「じゃ、お休みなさい」

「ちょ、待って!」

「今、絶対にえっちなお願い考えてたでしょ」

「いや、それは、まあ置いといて。やらしーコトしないから、一緒に寝て欲しいっス!」

「え、」

「花音さん、お願い」

ソファーから降りて上目遣いでお願いする姿はちょっと可愛いくて、断り辛い。


「本当に、変なコトしない?」

「……うん、しない」

「じゃあ、いいよ」

なんでこんな許可をしなきゃならないのかと恥ずかしいが、黄瀬は嬉しそうにふにゃりと笑みを浮かべている。
たまに見せるこの柔らかな笑みが好きだな、と思いながら一緒に彼のベッドルームへと向かった。

背の高い彼もゆったり寝られる広さのベッドの前で立ち尽くしていると黄瀬が先に毛布に潜りこんで、はい、と花音の入るスペースを作る。


「お邪魔します」

もぞもぞと背中を向けて毛布に入ると直ぐに背後から抱き寄せられて、ビクッ!と全身が戦慄いていた。


「そんな緊張しないでよ。マイハニー」

「ちょっと、くっつき過ぎ」

「あー、なんか安心する。花音さん、ありがと。お休みなさい」

そりゃあ、貴方はこういう事に慣れてるんだろうと文句を言いたくなるがお礼を言われては仕方ない。
動揺を隠して瞼を閉じても服越しに伝わる体温や息遣いが気になって花音は中々眠れそうになかった。


20131213



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