愛想のいいお利口さんな狼なの


思っていた以上に教師の仕事が楽しくて花音は浮かれてしまうのを何とか抑えるが、なついてくれる生徒達は可愛いくて仕方ない。
やはり男性は苦手なので男子にはちょっと退いた態度だが、それなりに相手をしていた。
そんな中で黄瀬の人気の凄さはかなりのもので、休み時間には下級生や他のクラスから見に来る女生徒、教室でも彼の席には人の輪が出来ている。
意外だったのは男子生徒達もその中に混じっていて楽しそうに話していた。

自分よりも化粧の濃い女生徒達と会話しつつ黄瀬を観察して解った事がある。
分け隔てなく接しているように見えて彼は周りと一定の距離感を保っているし、踏み入れられそうになると(主に女子)軽くかわすのも要領が良いなと感心していた。

(私には意地悪だったりSっぽいけどね)

一緒に住んでからからかわれっぱなしだし、直ぐにエッチな方向に話を持ってくし、と多少腹立たしいが基本的には紳士……だと信じたい。

昼休みに職員室に戻りバッグを覗くとチカチカと着信を告げる携帯は嫌な予感を裏切らずに、何件も実家の母親からの着信履歴が残っていて溜め息が出ていた。
留守電機能を外していて正解だった、と少しだけ安堵していると正面から武内が声を掛ける。
古典を教えている彼はバスケ部の監督らしく、放課後練習を見に来ないかと誘ってきた。
ぽっちゃりしていてクマさんみたいで可愛いと第一印象を言ったら黄瀬には「花音さん、デブ専?」と呆れられたのを思い出す。


「時間があれば、お邪魔させて貰いますね」

と当たり障りない返事をしたが結局雑務を急いで片付けてバスケ部専用の体育館までやって来てしまった。


「うわ……早っ」

ミニゲーム中らしくコート内を走りドリブルをする黄瀬の動きから目を離せない。
こんな真剣な顔をするんだとボーッと眺めているとダンクシュートを決めた彼と視線が合ってウインクされていた。


「やだ!黄瀬君が私にウインクした!」

「あたしに、でしょ!」

と背後に並ぶ女生徒達が騒ぎ出したので今のは黄瀬のファンサービスなのだと、ちょっぴり残念に思いながらも武内の座っているベンチまで歩いて行く。
大人の男性も苦手なのに話しやすいのが不思議だったが、なんだか安心出来るのだ。
「ワシみたいなオッサンが話相手で申し訳ない」なんて謙遜するのも可愛いなんて思っていた。


「監督、宮田が呼んでたっスよ」

二人で和やかに談笑していると休憩に入ったのか黄瀬がいつの間にかベンチの前まで来ている。


「おお、解った。じゃあ藤白先生、ごゆっくり」

「あ……、はい」

もう行ってしまうのかと寂しく感じているとドカッと乱暴に隣に座る黄瀬に驚いていた。


「なんか監督と楽しそうに話してたっスね」

「え?うん、だって話しやすいから」

普段よりも低い声、抑えてはいるが彼が怒っているのが解る。この間の視聴覚室の時に初めて怒るのを目の当たりにしたが、不機嫌オーラに包まれてしまい気まずかった。


「マジでデブ専なんスね」

「そういう言い方は失礼でしょ」

「どっちに?」

「武内先生に。ね、黄瀬君、何を怒っているの?」

「別に怒ってねーし」

「怒ってるじゃん。バスケしてる黄瀬君カッコいいな、と思ってたのに」

「マジで?」

「マジですけど」

バスケを間近で見たの初めてだけど、試合とかも見てみたいなと思ったと言えば、黄瀬は肩に掛けていたタオルをぽすっと頭から被っていた。


「ま、カッコよくて当然っスけど。なんたってオレだし」

「……黄瀬君、可愛い」

「は?」

「耳たぶ赤くなってる」

「これは……ミニゲームで動いてたから、」

「ふーん」

「ちょ、タオル取らないで!」

「……頬っぺたまで赤いよ?黄瀬君」

「うっさい!……もう何なんスか、あんたは」

「先生ですけど?」

普段家では一方的にからかわれているので仕返しとばかりに返すと、黄瀬は苦笑している。


「学校では、ね。今度、練習試合あるから見に来てよ」

「……行けたらね」

「絶対っスよ。約束破ったら……裸にエプロンで料理してもらうんで」

「約束なんて……」

「練習再開なんで行ってくる。カッコいいオレに惚れ直して?」

「あ、ちょっと!」

立ち上がってニヤリと意地悪な笑みを浮かべてから再びコートへと向かう黄瀬の広い背中を見ながら、副担任ごときが練習試合を見に行っていいものかと生真面目な花音は悩んでしまった。


20131129


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