ハニーハニー、ビターな恋はいかが?


朝のHR、クラス担任に連れられて教壇に立った花音はテンパっていた。
大学の先輩が紹介してくれた産休代理の職は驚く程に早く紹介され、直ぐに面接そして9月から仕事の運びとなり教師生活初日は緊張感が溢れる。
朝、黄瀬から「まぁ、頑張って」と応援されたのが遠い昔に感じていた。
早く慣れるようにといきなり副担任にされてしまい自分に集中する視線が痛くて仕方なく、生徒達が纏う制服に見覚えがあるのにも気付かない。


「今日からこのクラスの副担任と英語を担当する藤白です。宜しくお願いします」

何とか噛まずに言えて安堵していると窓際にキラキラと光る金色が目の端に入り目線を上げると見慣れたイケメンがいた。
平静を装いながらも二度見すればパチンとウインクしてから小さく手を振る黄瀬。
確かに昨晩、職が決まったと報告した時に学校名を言ったはずで、それがまさか彼の通う海常高校だとは。
知っていて黙っていたなんて、絶対に花音が動揺するのを見たかったからに違いない。


「藤白先生?大丈夫ですか?」

「あ、すみません。緊張しちゃって」

「藤白先生可愛いー!」

「彼氏いるんですかー?」

彼氏は生まれてこの方居ないけど、偽装の夫なら居ますけど。窓際の一番後ろの席に。とは勿論言えずに曖昧に笑うと更に質問攻めに遇う。
教育実習に行ったのは母校の女子高で、正直男性は苦手だ。
特に少年から脱皮しつつある男子生徒なんてのは更に苦手と言うか怖かったりする。

一時限目から初授業で意識を保つのがやっとだがこのクラスは幸い人懐っこい生徒が多いようで色々と救われた。
あと十分で終わる!と教科書を読みながら生徒達の席の間を歩いていると、クイッとジャケットの裾を引かれて振り返ると黄瀬がニコリと笑ってノートをペンで指している。


(今夜はオニオングラタンスープが飲みたいっス。ハニー)

「藤白せーんせ?ちゃんと答えて?」

無視しようとすれば余計な事を聞いてくるので舌打ちしたいのを我慢して、ペンを奪い嫌味をこめた返事をサラサラと下に書き込んでやった。


(All right,darling)

それを見た黄瀬が一瞬呆気に取られるのを見て、してやったりとほくそ笑むと、ペンを持ったままの花音の左手を握り、ちゅ、と薬指にキスを落としながら艶やかな眼差しで見上げてくるので心臓が飛び出しそうになる。
慌てて周りを見回すがラッキーにも見られてはいなかったようで胸を撫で下ろしていた。





「りょ…、黄瀬君。知ってて教えてくれなかったの?」

「いやー。花音さんが良いリアクションしてくれると思って」

「心臓止まるかと思った…。意地悪!」

「……。本当に先生なんスね」

「は?」

「なんか女教師ってエロい、てか興奮する」

「……」

昼休みに視聴覚室に呼び出した黄瀬の発言にぐったりと脱力する。


「そ、そういうプレイは他の女の子として下さい」

「え。妻が浮気を勧めるとか、どうなんスか?」

「それは偽装だし」

と答えると急に眉を潜めた黄瀬は声のトーンまで低くなり、微妙な雰囲気になっていた。


「ね、知らなかったでしょ。ここ穴場なんスよ」

「…何が」

「校内えっちの穴場」

スルリと長い指先で頬を撫でられてゾクッと背中を何かが通り抜けていた。


「やだ…止めて。私、戻らないと」

「眼鏡かけてエロくなる女の人って初めて見た」

「何を言って…や…、やだっ」

初授業の緊張感の為か普段はコンタクトだが目がやけに乾いていたので眼鏡をしてきた事で、やけに食い付く黄瀬に困惑しながら後ずさると冷たい壁の感触。
その壁に両手をつかれて花音の足の間に彼の長い右足が入り込めば完全に籠の中の鳥状態だった。
薄暗い室内でギラギラと肉食獣みたいな瞳に見下ろされて泣きそうになってしまう。


「ね…。このままオレの好きなように出来るんスよ?花音さんのこと」

「…っ、」

耳元に囁かれる声にゾクゾクしている自分が嫌で、よく解らないが彼からは怒りオーラが漂っていて、本当に何をされるのか恐怖に似たものが足元から這い上がってきた。


「黄瀬、君っ…。止めてっ」

胸を押してもあっさりと手首を掴まれてびくともしないのが信じられないが、これが男女の力の差なのだと身体が震え出す。


「やだ…、怖いよ」

涙目で見上げると黄瀬はハァ、と溜め息を吐き出しながら手首を離してくれた。


「花音さんが偽装とか冷たい事言うから…。ごめん、ついムッとしちゃって」

「………」

「そんでつい、ムラッとしちゃった」

「もうっ!スケベ!ばか!変態!」

「男はみんなスケベだっつうの」

微妙な雰囲気からやっと解放されてもまだ足が震えていて、へなへなと座りこむと黄瀬も一緒に床に腰を降ろしていた。


「…はぁ。怖かった」

「はいもう泣かない泣かない」

「泣いてません」

「はいはい」

あ、サンドイッチ食べるっスか?と聞いてくる黄瀬は通常モードでさっきとは別人みたいだ。
この子の怒りスイッチが解り辛いなと考えているとじっと見つめられていて、小首を傾げるとその視線は花音のスカートへと向いている。
タイトスカートなので横座りすれば中身が見えていたかも知れない。


「……見えてた?」

「何がっスか?」

「なんでもない」

「白とか、すげー花音さんっぽい」

「見てるじゃない!」

「そっちが見せたんスよ!」

ぎゃあぎゃあ騒いでいる内に昼休み終了のチャイムが鳴って、貴重なリラックスタイムを逃したと黄瀬に文句を言ったが二人で過ごした事で、怖い一面を見たりもしたがかなり緊張感も解けた気がしていた。


20131112
20131213修正


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