シュガーソルト基本条約


黄瀬の暮らすマンションはファミリータイプ並みに広かった。
実家からこっそり持ち出せたのは大きめのキャリーバッグに詰めた荷物だけで、リビングを挟んだ10畳はある部屋が花音に与えられる。ちなみに反対側が黄瀬のベッドルームだとか。
佐川が去り二人きりになると気まずい空気が流れるかと思いきや、コミュニケーション能力に長けた彼は話の振り方も上手く……と言うか女の扱いに慣れているのが解った。

黄瀬の上の姉とは中学校まで同じでよく家には遊びに行っていた。姉二人に弄られまくりの黄瀬はまだ小学生だったが、女の子より可愛い容姿に加えて末っ子らしい愛嬌もあり花音は可愛いがっていたのを思い出す。
近所のファミレスで夕飯を済ませてマンションに戻りお風呂に水を溜めに行こうとする黄瀬を引き留めた。


「涼太君、家賃や光熱費なんだけど」

「奥さんの分を払うのはオレの役目だし」

「いやいや!結婚って言っても偽装だし期間限定だし!」

「いいから、全部オレにまかせて。あと、これ合鍵」

「あ……、はい」

風呂場に向かう黄瀬の広い背中を見ながらソファーに座り込み、今後を考えれば頭が痛くなる。
お見合いがあるからと就職活動をしていなかったが、せっかく教員免許を取得したのだから働きたい。


「花音さん」

「ぅわっ!?」

「驚きすぎ」

「涼太君、近いよ」

「いーじゃん、もうオレ達夫婦なんだから」

「仮のね」

「ね、お風呂一緒に入ろ?」

「は?」

「今夜は二人の初夜だし、まずはお風呂でラブラブ…」

「お断りします」

初夜だなんて生々しい言葉にどぎまぎして黄瀬から距離を取るとそれが不服なのか、ソファーの隅に追い込まれる。


「仮の夫婦でもさ、せっかく一緒に住むんだから楽しもうよ」

「楽しむって…。あのさ涼太君、言っておきたいんだけど。その……えっちな事はナシでお願いします」

「は?入籍前からセックスレス?」

「んもーハッキリ言わないでよ!私、好きな人がいるの。涼太君だって沢山、そういうコトする女の子がいるんでしょ?」

「まぁ、否定はしないっスけど」

「だから私としなくても、」

「花音さんとしたい、って言ったら?」

「やだ。だめ無理」

「好きな人って、彼氏?」

「違うけど」

「だからお見合いしたくなかったんスね」

ふーん、と呟く黄瀬は不機嫌そうに唇を尖らせていた。


「だから、えっちな事は他の子でお願いします。あと、この部屋には連れ込まないで欲しい」

「了解っス。風呂先に入る?」

「一番風呂は旦那様がどうぞ」

「なんか新婚さんプレイって感じで興奮する」

「早く行きなさい」

黄瀬が風呂に入る間に大学の先輩に電話で相談すると、この中途半端な時期は産休代理しかないのではと言われた。
そう言えば母校で急な産休に入る教師がいたと聞かされて、是非紹介して欲しいと懇願すれば、また連絡するからと宥められて通話を終える。


「花音さん、風呂空いたっスよ」

「あ、はーい…って!ちょっと、服着てよ」

「ちゃんと着てるし」

「う、上も着て!」

スウェットパンツだけを履いて上半身裸で濡れた髪をタオルで拭く姿を見て真っ赤になり俯くと、そのまま黄瀬は花音に歩み寄り隣に座り顔を覗きこむのでパニック寸前だ。


「思い出したんスけど。まだオレが小学生の時に花音さんが泊まりに来てさ、知らずに洗濯ものを置きに行ったら風呂から出てきて……。裸見ちゃって、あれがオレの初勃ちだったなーって。そんなん思い出したらつい勃っちゃ……」

「そんな情報いらないから!」

「ちゃんと抜いてきたから大丈夫っス。あのさ……、花音さんてバージンでしょ」

「え、」

「やっぱ当たり?オレと二人きりになってから、なんか様子おかしいからさ」

「……違うもん」

「じゃあ、オレが確かめてあげる」

「は?ちょ、何を……ぎゃああーっ!!」

「痛っ!」

「ばか!変態!」

ソファーに押し倒されて必死に振り回した拳が黄瀬の顎にヒットしてなんとか逃げ出すと自分の部屋に飛び込む。
今後が不安過ぎて同居一日目からぐったりと床に座ってしまっていた。


20131014
20131207修正


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