嘲笑ってよ神様、賽は投げられた


花音が去ってしまい腑抜けていた黄瀬のスマホに珍しく黒子からメールが届いていた。彼女とはその後どうなったのかという内容で、今の自分が説明するにはキツいなと溜め息が溢れる。部活後に都内のマジバで待ち合わせ、ボソボソと花音が実家に自らの意志で戻ったと話し終えると、暫しの沈黙に包まれていた。


「それで黄瀬君はそんな死んだ魚みたいな目をしているんですか。御愁傷様です」

「……」

いつもの「酷いっスよ黒子っちー!」みたいなリアクションもなく、おまけで着いてきた火神は呆気に取られている。


「なんかもう最後のWC前なのに、花音さんの事ばっか考えちゃって。全然集中できないっス」

コーヒーの入ったカップを両手で抱える黄瀬の情けない表情にはぁ、と小さく息を吐き出してから黒子は口を開いた。


「花音さんがお父さんを助けたい気持ちは理解出来ます、仕方ないです。でも気になるのは、彼女に黄瀬君は大切な事を言っていません」

「なんスか?」

「好きだと伝えていません。何故ですか?」

「それは……」

まだ花音は初恋の相手を好きだから。黄瀬を好きになってくれるか解らないから。理由はあれど彼女を実家から連れ戻した夜に言うチャンスは確かにあった。


「まさかフラれるのが怖かった、ではないですよね」

ギクリと明らかに動揺しているのを呆れた顔で眺めている。


「怖いっスよ……本気で惚れてるから。花音さんはオレの初恋の人で再会してからすげー好きになって、一緒に住んでるのにフラれたら気まずいし、花音さんにも気を使わせちゃうし」

「なぁ、黄瀬」

「なんスか、火神っち」

「俺達があの人を迎えに行った時、部屋から連れ出したから靴はいてなかっただろ」

「そっスね」

「んでお前があの人を車まで抱っこしてやった」

お姫様抱っこした花音の身体の軽さや柔らかさに驚きつつ、その体温を感じて本当に奪還出来たのだと実感して、泣きそうな程に嬉しかったのを思い出した。


「黄瀬からは見えなかっただろうけど、あの人……藤白さんはすげー嬉しそうで幸せそうで、でもそれを顔に出すのを必死に耐えてるっつうか。あんな顔をするってのは、お前を好きだからに決まってんだろ。何をぐずぐず愚痴ってんだよ」

「!」

「火神君、もっと言ってやって下さい」

「藤白さんは黄瀬を好きで、また迎えに来てくれるんじゃねーかって思ってるはずだ」

「……火神っち、」

「ボクもそう思います。ただ、単純に迎えに行くのは子供のワガママと変わりません。きちんと花音さんの実家を救える状況で告白してから連れ帰さないと」

「救える状況っスか」

老舗デパートの負債はとてもじゃないが黄瀬に肩代わり出来る額ではない。あとは藤白屋の業績を伸ばせるような方法を考えるか。デパートと言えばこの間事務所からきた電話でそんな会話をしたような気がする。


「ちょっと事務所に電話してくるんで!」

急いでマジバを出てスマホをポケットから取り出す間にも、すれ違う女子高生達が黄瀬に気付きキャアキャアと騒いでいた。高校卒業と共に辞めようと考えていたモデル業だが、今はそれを最大限に生かせる可能性があるのだ。社長から詳しく話を聞けば案の定、こちらに好都合な内容で密かに拳を握り締めていた。慎重に確認をしてからマジバに戻る頃には黄瀬の瞳は希望の光で満ちている。


「黒子っち、火神っち、お待たせ。オレ、花音さんを絶対に助けてみせるんで」

強気な表情はいつもの黄瀬のもので、黒子も火神も安心したように頷いて見せていた。


20140410


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