青い果実は罪を知らない 「……。涼太君?」 「久しぶりっスね。花音さん」 女子高時代の同窓会の行われたホテルのカフェで一人お茶を飲んでいた花音は何年ぶりかで再会した友人の弟を前に戸惑っていた。 向かい側に座った黄瀬がドリンクを注文する声が以前よりも低いことや、随分と伸びた身長に時の流れを改めて感じる。 確か彼はまだ高校生で相変わらず人懐っこい笑みを浮かべているが、今は精神的に落ち込んでいて生返事ばかりが口からは漏れだしていた。 元気ないっスね。と心配そうに尋ねられてつい話してしまった自分を全力で殴りたいと思った時には全てが遅かった。 「ね、花音さん。オレと結婚しよっか」 「は?」 「花音さんはお見合いが嫌で、教師をしたい。だったら、」 「ちょ、待ってよ」 「オレさ、モデル事務所から女遊びが派手過ぎるって煩く言われてんスよ。バスケが一番だし、正直もう面倒だからあっちから解雇される理由が欲しいわけ」 今日も昼間からこのホテルでお楽しみだったらしい黄瀬に呆れきって花音はポカンとしてしまう。 CM契約だけでウン千万を稼ぐ金の卵を手離したくない事務所はかなり黄瀬には甘いようで、もし結婚したいなんて言えば困るに違いない。結婚は認めないが仕方ないから女遊びは目を瞑る、そんな展開を彼は期待していると語った。 「本気で好きな彼女がいます、とか言えばいじゃない」 「彼女よりは結婚のがインパクトあるっしょ」 きっと結婚は反対されるから大丈夫。だから一緒に事務所に行って結婚相手を演じて欲しい。 そんなお願い事は普段の花音ならサラッと断っていた、が。今は普通の精神状態ではなかった。 「別に、いいけど」 「花音さん、ありがと!」 じゃあ早速、と言われて何故か区役所に連れて行かれて焦りだす。 「涼太君?」 「ほら、早く書いて」 「やだよ!なんで婚姻届けなんて、」 「リアリティーあんでしょ」 はい、判子押してと唆されてうっかりたまたま持っていた実印を婚姻届けに押してしまった。 区役所を出てタクシーに乗り二人は黄瀬の所属事務所へ。 「は?結婚?」 案の定、高校生の黄瀬の結婚発言に社長も担当マネージャーも目を見開き間抜けな声を出していた。 しかし暫しゴニョゴニョと内緒話をしてから真面目な表情で二人を交互に見て口を開く。 「そうか、結婚したい程に藤白さんに惚れたんだな。わかった認めてやろう」 「え」 「え」 「涼太の今後の素行を見て、大丈夫そうならこれは返してやる。藤白さんが不幸になるのは嫌だからな。取り敢えず同居は許可するが子作りはまだ我慢しろ」 「事務所が借りたマンションなら二人で暮らすには充分ですね」 「あ、あの!社長さんもマネージャーさんも。良いんですか?涼太君みたいな人気モデルが結婚だなんて。しかも彼はまだ高校生で、」 「涼太は頭悪いから姉さん女房はピッタリですよ。藤白さんは教師なんですよね。しっかり勉強を教えてやって下さい。御願いします」 「下半身の緩い奴ですが藤白さんみたいな真面目そうで可愛い奥さんがいれば落ち着きますよ。涼太を宜しくお願いします」 「え……。あの、」 「仮にパパラッチされても、一般女性だし結婚前提の彼女ってことで好感度上がるかも」 「やっと涼太の女遊びの尻拭いから解放されるなんて、嬉し過ぎる!」 二人揃って頭を下げるのにドン引きしつつ花音は救いを求めて隣に座る黄瀬を見上げた。 「あー。社長、佐川さん。実はオレ達、結婚なんて」 「じゃあこれは確かに預かったからな。入籍は俺が二人を認めてからだ」 ホクホク顔で社長は茶封筒に入れた婚姻届けを大事そうに金庫にしまう。 「勿論、二人の結婚は入籍までは内緒だぞ?」 「花音さんの荷物運ぶのは俺が手伝うんで!」 にこやかな二人に見送られて黄瀬と花音は事務所を後にしていた。 「いやー、なんかマジで夫婦になったみたいっスね」 「ふざけないでよ!全然反対されなかったし、婚姻届け奪われたし、どうすんの?」 「……取り敢えず花音さん、オレんちに引っ越す?実家に帰ったらお見合いさせられんでしょ?」 確かにお見合いの日程は組まれているので、家族の居ぬ間に急いで荷物をまとめに実家に向かうしかなかった。 20131014 20131207修正 20131213再修正 |