じれったいマドモアゼル


花音の教科書を読む声を聞きながら黄瀬は伏せた睫毛や綺麗な発音を奏でる唇、真っ白な首筋をぼんやりと眺めていた。
「大好きだったの」と片思いしていた相手を思いながら、はらはらと涙を溢す切ない表情が儚げで、そんな一途な彼女を愛しく思ってしまったあの夜。
花音を好きなのだと自覚してから、これは報われない想いではないかと悲観的になっていた。
一緒に暮らすうちに徐々に黄瀬を好きになってくれる可能性はゼロではないとしても、彼女のタイプではないらしいし、あの生真面目な性格からして教師と生徒がくっつくなんて不道徳!なんて考えそうだ。

彼女と暮らしてから随分と禁欲的な生活をしていて、何人かいるセフレからのメールや着信が鬱陶しい。今抱きたくて仕方ないのは花音だけだというのに。
……バージンらしいが、あんな清楚な雰囲気でベッドの中ではどんな顔を見せるのだろうか。いやらしく喘いだりするのか、どんな反応をして煽ってくるのか。授業中にそんな妄想をしていたら花音と目が合ってしまい、一気に下半身に熱が集中して慌てて前屈みで机に突っ伏していた。

熱っぽい視線を感じた先を見れば黄瀬で、直ぐに反らされてしまったが、職員室に戻った今もドキドキと心臓が五月蝿い。高校生であんな色っぽい表情をするなんて、そして一体何を思って自分を見ていたのかが気になる。
認めたくないが確実に黄瀬を意識しているのは、慣れない異性との同居のせいだけではなかった。

失恋したばかりで他の男…しかも年下の高校生で教え子に惹かれているなんて、尻軽女なのかと自己嫌悪に陥る。イケメン高校生と適当に火遊びを楽しむなんて花音には出来そうにない。
らしくない偽装結婚話に乗ったものの意外に楽しい毎日を過ごしていて、現実的な問題を忘れそうになっている自分にも嫌気がさしていた。




お風呂から上がり脱衣場で着替えを持ってこなかった事実に気付き花音はガクリと項垂れた。脱いだ服は既に洗濯機の中で、リビングからはテレビの音が聞こえるが黄瀬はいるのか解らない。
こっそりと部屋に取りに行こうとバスタオルだけを身に付けて廊下へ出るとドスンと何かにぶつかっていた。


「…え、」

「痛っ、」

ぶつけた鼻が痛くて涙目で見上げれば衝突したのは黄瀬で、急いで横を通り過ぎようとしたらバスタオルが彼の肘に引っ掛かり、ぽすっと床に落ちてゆく。


「ーーっ!」

咄嗟に両手で胸を隠して座り込み、どうしようかと慌てていると黄瀬も膝をついて顔を覗きこんでいた。


「夜のお誘い?花音さんてば大胆」

「違っ!あの、タオル、」

「えー。今、すげー絶景なのに」

必死でディフェンスした為に両腕にたぷん、と乗った花音のふくよかな膨らみを見られていると知ってカアッと頬が熱くなる。


「本当に花音さんて着痩せするんスね」

「タオルください!」

「どうしよっかなー」

「……いじわる、しないで」

羞恥心でおかしくなりそうで涙腺も緩んできて、懇願の意を込めた視線を向けると黄瀬は一瞬目を見開き、その後にはふいっと目を反らしバスタオルを肩から掛けてくれた。


「早く部屋に行って」

言われるまでもないとバスタオルを適当に身体に巻き付けて花音が走り去ると、はぁ、と力なく溜め息を吐き出す。


(やば……。今夜は無理っスわ)

花音が中学生の時に見たのとは違う成長した裸を見てしまって、頼りなさ気な顔で見上げられては理性がぶっ飛びそうだ。あの顔がまるで性的なおねだりをしているようにしか見えなかった自分が浅ましくて情けない。
コートを羽織り彼女の部屋の前に行くと「今夜は友達のとこに泊まるから」とだけ告げて急いで玄関へ向かっていた。


20140130


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