黒猫の爪は幾つもハートを引っ掻いて


夕方、バスケ部の練習から帰ると花音の姿は無かった。買い物かと思ったが何となく心中がざわめいているのは何なのか。
キッチンには夕食の準備が中途半端にしてあり、照明も灯ったままで益々不安に駆られ、うろうろと歩いているとスマホに着信が入り慌てて出ると花音の切羽詰まった声だった。


「涼太君?私、お母さんに騙されて……。パパが倒れたって、それで実家から出して貰えなくて、」

「花音さん!」

次いで何か言おうとしたら携帯を誰かに奪われたのか切れている。父親が倒れたと嘘を吐いてまで実家に連れ戻し、お見合いをさせるつもりかと、腹立たしくて堪らない。姉に電話して花音の住所を聞くと黄瀬の話し方から何かを感じたのか、あっさりと教えてくれた。

花音がお見合いさせられるらしいと言うのは実は姉から聞いていた。その理由までは知らなかったが。同窓会があったホテルにいたのも偶然ではなくて終わるのをカフェで待っていたのは、小学生の頃に恋心を抱いていた彼女を助けることは出来ないかと思ったから。結婚しようなんて誘いも軽く思われただろうが、未だに消えない初恋が心の底で長い間、燻り続けていたのかも知れない。


(オレ、案外しつこい男なんスかね)

他の男を思って涙を流す姿に心を打たれるなんて不思議だったが、あんな風に一途に自分を好きになり見つめてくれたら、どんなに嬉しいか。
今までどんな女にも本気にになれずに適当な付き合いを重ねてきた。花音が黄瀬を好きになるか解らない状況でも、ただ側にいて欲しい。チャンスはあるかも知れない。彼女がお見合いを嫌がっていたのは義母との会話から伝わっていたし、告白する前に見知らぬ男に奪われるだなんてムカつくし許せない。

今の自分に何が出来る。
正面から行っても会わせてくれる訳はないし、忍び込めば不法侵入罪だ。
一度冷静になろうとソファーに座ると何時も隣にいる花音がいないことが酷く寂しく感じて、気温さえ下がった気がしていた。結局買ってきた洗剤でも消えなかったカーペットのコーヒーの染みを見て、ふっと笑みが浮かび、更に噛まれた指先の治りかけの傷を見つめて決意をする。
この家には黄瀬と花音の生活が刻まれていて、それが口元が緩む程に嬉しい。朝別れてからそんなに経っていないのに自分を呼ぶあの可愛いらしい声が恋しくて懐かしかった。何時ものように「涼太君」と呼んで欲しい。


「絶対に迎えに行くから」

ちゅ、と傷痕に口づけて我ながらキザだなと苦笑してスマホを手に取った。花音と関係のある姉、モデル事務所の人間には後々迷惑をかけるから頼めない。誰か車を出せる人間は……。呼び出せば喜んで飛んで来る女達にも頼りたくない。
悩んだ末に数分後、黄瀬は久しぶりに中学時代の友人に電話をしていた。


20140202


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