不純 されど 清純


翌朝。黄瀬がランニングから帰っても花音は部屋で寝ていた。
まぁ土曜日だし休ませてやるかと洗濯をしようと洗面所に行くと昨日花音の脱いだ服が散らばっている。
普段は絶対に自分の服をこんな風にしない癖に、昨晩はかなり弱っていたのだろう。


「あ、涼太君、おはよ」

「おはよ。可愛い顔して実はDカップの花音さん」

「え?なんで知って……。ちょ、やだ!返して!」

「えー。まだ匂い嗅いでないのに」

「……変態!!」

ガッと下着を取り返すと自分の部屋へと走り去る姿に黄瀬は吹き出していた。
不機嫌ながらもちゃんとお昼ご飯を作ってくれた花音と食後にコーヒーを飲んでいると昨晩のお礼を言われる。


「もういいっスよ。オレの知らない花音さんも知れたし」

「私……何かした?」

「花音さんさ、上顎が性感帯っしょ?」

「は?」

「昨日オレが口に指入れた時に上顎触ったら、反応してた」

「あんな時に、そんなこと……。本当にえっちなんだから!」

「うわ、危なっ」

マグカップを持ったまま怒り出した花音の手首を何とか掴むと、少しだけコーヒーが溢れてしまっていた。


「あ、ごめん!大丈夫?火傷しなかった?」

「いや、オレは大丈夫だけど。カーペットが」

慌ててタオルで拭いたがコーヒーの染みが付いていて、花音はションボリと項垂れている。


「ごめんね、なんかもう昨日から色々と」

「そんなに謝んないでよ。揉めた理由は花音さんの性感帯のせいなんだから」

「それはもういいから!」

「えー。オレは気になる。良かったら他にも探して……痛い痛い!グーでぶたないで!」

カーペットの染みを消せる洗剤を探しに行こうと誘えば、花音は途端にキラキラと目を輝かせていた。
彼女はドラッグストアが大好きらしく、柔軟剤やら入浴剤やらを楽しそうに眺めているのだ。


「花音さん、オレんちの匂いになってる」

「……そう?」

同じシャンプーや柔軟剤を使っているのだから当然かも知れないが、花音は不思議そうにクンクンとパーカーの袖を嗅いでいる。


「ほら、早く着替えて。花音さん、本棚欲しいって言ってたからそれも見に行こう」

「あ……、うん」

ちょっとした会話をちゃんと覚えていてくれたんだと驚きつつ、それが嬉しくて急いで出掛ける準備をしていた。


「これ自分で持ち帰ると500円引きだって」

「うーん……。でも結構重いし」

「持つのはオレだから気にしないで」

「え、でも、」

組み立て式の本棚を早速、店員に頼む黄瀬にそれ以上は言えなくて、好意に甘えることにする。


「私も半分、持つよ」

「いいから。花音さんはこれ持ってて」

ハンドクリームの入った袋を渡されて渋々と歩き出すと、すれ違う女の子は殆どが黄瀬を盗み見ていた。
黒縁眼鏡を掛けていても長身だし彼のオーラは全く隠しきれていない。
タイプではないが花音から見てもカッコいいとは思うし、歩く速度も合わせてくれて心地良い。
自分には意地悪だけどモテるのも当たり前だなと納得していたが、本棚の包みを利き手から持ち変えるのを見ていて気付いてしまった。


「涼太君、指に怪我してる?」

「ん?あ、本当だ」

「もしかして、昨日の」

「あー、花音さんの性感帯触ったから噛まれちゃったんスね」

「……ごめん!涼太君、バスケしてるのに」

罪悪感を感じさせたくなくて冗談めかして言ったのに、心配そうに手を取られて黄瀬の方が困ってしまう。


「これ位、直ぐに治るから。あ、コンビニで花音さんの好きなヨーグルト買って行こうか」

「うん、じゃあ涼太君の好きな紅茶も買おう。私が奢るね」

「ありがとっス」

お互いの好みの物が解るようになって、黄瀬と暮らすマンションに少しずつ花音の物が増えていた。
あの箱庭みたいな実家に比べて自由で楽しい毎日が不安になる時がある。
彼の何気ない優しさはこちらが勘違いしてしまいそうな時もあって、その度にこれは違うのだと言い聞かせる癖もついていた。


「花音さん、本当に気にしないでね」

ぽんぽんと頭を撫でられて、つむじからじわりじわりと温もりが広がってゆく。


「涼太君。そんなことされたら、女の子は皆勘違いしちゃうよ」

「え?何?」

「何でもない」

お見合いをすっぽかしたままで、この先に待っている未来を想像したくなくて、今ある幸せな一時を満喫していたかった。


20140101


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