イラッ。
撮影を終えて璃乙を待っていれば、非常に不愉快な場面に出くわす。男性外国人モデルと挨拶を交わすのは問題ないが、両頬にキスを落とされるのはいただけない。ここは日本だっつうの!と苛立っても、彼は彼の国の挨拶をしただけだろう。


「涼太、歯軋りしないでよ。かっこ悪っ」

「は?してないっスよ」

ペットボトルの飲み口をガジガジ噛んでいたが、外国人モデルがしつこく璃乙を引き留め腰に手を伸ばした時、黄瀬は我慢出来ずに席を立ちそうになった。が、見かねた緋川に呼ばれてその場を離れたのを見てやっと安堵する。


「涼太、解りやす過ぎ」

「あんなん見たらイラッとするっしょ」

「あー、まーね。藍田ちゃんモテるから盗られないように頑張って」

「当たり前っスよ」

サバサバしてるけど可愛いし色っぽいし、藍田ちゃんって彼氏が途絶えないタイプだよね。そんなマネージャーの中野の言葉を苦々しく思いながらも小さく頷いた。黄瀬もサイクルの早い彼女はいたが、肉体関係までは至っていない。しかし璃乙の方は今までの彼氏とそういう関係だったのは当然な訳で、それを不快に感じるのは小さい男だと嫌になるが気になるものは仕方ない。


「今はオレの彼女だし、絶対に誰にも渡さないんで」

「かっこいー、キセリョ!もう抱いて!」

「中野さんキモい」

中野の裏声にドン引きしていると大きなバッグを肩に掛けた璃乙が歩いて来るのに気付いた。


「藍田さん!」

「黄瀬君、ごめん。お待たせ」

仕事場では互いに苗字で呼び合うのは以前と変わらないが、なんだかムズムズするような違和感がある。中野に「お疲れ様です」と挨拶して璃乙のバッグを持ってやると、一緒に地下駐車場に向かった。黄瀬の事務所は未成年の飲酒や喫煙やクスリ関係以外は基本的にユルいので、中野は特に五月蝿いことも言わないし逆に二人を応援してくれている。鈴木マナと隠し撮りされた時は焦りはしたが、「別に涼太はアイドルじゃないしね」と結構呑気なものだ。


「涼太、シートベルト」

「はいっス」

璃乙の運転する隣、助手席に乗るのは実は黄瀬にとって屈辱的だったりする。何時も運転を見ているので実技ならば、マニュアルでも軽く合格出来る自信があった。


「あー、早く18歳になんねーかな」

「来年じゃん。てかもうすぐ誕生日だね」

「……っス」

中野の運転する車に乗る時は全く感じない焦燥感を宥めていると、ふと目にした璃乙の頬っぺたにスッと手が伸ばす。


「ん。なに?」

ゴシゴシとシャツの袖口で両頬を拭かれて不思議そうに聞かれたが、答えずにいれば「ファンデ付いちゃうよ」と苦笑された。見てみると確かにうっすらとファンデが袖口に付着していて、「璃乙にマーキングされたみたい」と、知らず知らずのうちに口元が緩んでいたのを指摘される。


「なんで笑ってんの涼太。キモい」

「キモくないっスよ!」

「変なの」

「解んなかったら、いいっス」

ムスッと唇を尖らせる黄瀬を横目で見ながら、璃乙は呆れたように口を開く。


「あれはただの挨拶だから」

「……」

あ、バレてる。オレかっこわりー。
何故か璃乙の前だと情けない姿ばかり見せてしまうが、それは彼女を好きだからこそなんだと最近では開き直っていた。それだけ自然体でいられる程に気を許せる相手は貴重だ。


「まぁ、親愛的な意味でしょ」

「ふーん…。じゃあオレとするキスは性愛的な意味?」

「ばーか。エロガキ」

「ガキじゃねーよ」

「…ガキにあんなやらしいキスは出来ないもんね」

チラリ、と思わせ振りな視線を投げられては怒る気にもなれない。璃乙のマンションに到着する頃には、黄瀬のご機嫌もかなり良くなっていた。しかし時間が過ぎるのはあっという間で、何時も車で送って貰う時間が迫ってくる。


「涼太、そろそろ行こうか」

「やだ」

「え?」

「帰りたくない」

それは女が言うセリフですけど。
なんて呆気に取られたが黄瀬本人は本気と書いてマジらしく、繋いだ手をぎゅっと強く握ってくる。


「明日も朝練でしょ」

「こっから学校行く。…ダメっスか?」

「別に…ダメじゃない、けど」

甘えたような視線に璃乙が弱いのを黄瀬は知っていて、更に背後から抱き着き寂しい一人じゃ寝れない離れたくない!と訴えてくるので困ってしまう。


「じゃ、早くシャワー浴びてきな」

「はいっス!璃乙、ありがと」

ちゃっかり下着や部屋着の替えを置いている黄瀬はちゅ、ちゅっ、と璃乙の両方の頬っぺたにキスをするとルンルン気分でバスルームへと走って行った。


「くそー。あざとい奴」

年下彼氏って初めてだけど可愛いなコンチクショー!と愚痴るが、そんな黄瀬を愛しく思っているのだ。泊まるとは言っても添い寝するだけで、璃乙にキス以上のことは多分してこない。この間ちゃんとその理由を聞いたし、黄瀬なりにセックスするタイミングを決めているようなので、こちらも余計なことを言うつもりはなかった。
まぁ、私が本気出して迫れば直ぐに陥落するだろうけどね、とニヤリと口角を上げて雑誌を眺めていると、シャンプーの香りを漂わせた男がリビングに戻って来る。

先にお風呂に入っていた璃乙が欠伸をすれば釣られた黄瀬も欠伸をしていた。仲良くダブルベッドに入りピッタリ寄り添えば互いの体温が心地好い。
眠る時に人肌を感じること、それが黄瀬であることに喜びを感じていた。
もしかしたら璃乙が一人で朝を迎えるのが寂しいって言ったのを黄瀬は覚えているのかも知れない。だから泊まりたいと頻繁に訴えるようになったのだとしたら甘えているのは璃乙の方なのだろうか。

(なんか…涼太って優しいなぁ。ああ、幸せだなぁ。てかこいつ本当に子供体温だな、あったかい)

黄瀬の腕の中でうとうと微睡み始めると耳元で「璃乙、お休みなさい。大好き」と囁かれて瞼にキスを落とされる。「私も、」と何とか答えて広い胸に擦り寄ると優しく頭を撫でられて、ふにゃりと笑みを浮かべ深い眠りに落ちていった。



title:i'm sorry,mama.
20130602


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