「璃乙、露天風呂はどうよ?」

「あーもう最高……って。緋川さん、なんで写メってるの?」

「旅の記念に決まってるでしょ」

浴衣姿に続いて露天風呂に浸かるところを撮られて疑問を感じながらも、まぁいっか!と流せる程に上々の気分だ。各部屋に専用の露天風呂があるこの宿はちょっぴりお高いが、お気に入りで自分へのご褒美にしている。尊敬する師匠かつ信頼感出来るお姉さん的存在の緋川と仕事の愚痴やらファッションの話で盛り上がり、更に夕食も豪華で勿論お酒も存分に飲める。ここは天国かと幸せムードに浸っていると、スマホが着信音を高らかに鳴らし仕方なく緋川に片手を上げ謝ってから手に取っていた。


「璃乙!」

いきなり大きな声が響いてスマホを耳から離しても、黄瀬のテンションの高い話し声は止まらない。


「涼太、うるさい」

「え。あ、ごめん。つい嬉しくて」

たかが一泊だけなのに一人じゃ寂しくて死んじゃう!と出掛けようとする璃乙の足にしがみついていた大男は一応、声のトーンを落とした。浴衣姿や温泉入ってるとこを写メで送って下さい!なんて懇願されて全てスルーしたら泣きそうだったのを思い出す。


「どうっスか、温泉は」

「最高に気持ちいいよー。もう帰りたくない」

「……やだ、帰って来て」

「冗談だよ」

こんな冗談を本気にされても、と苦笑しながらもやっぱり可愛いなぁ、なんて思ってしまった。一人じゃ寂しいから璃乙の部屋に泊まって待ってていいっスか?と聞かれた時は正直呆れたものの、甘えん坊な犬を置いてきぼりにして温泉に行くのを躊躇う飼い主の気持ちだった。しかし友達と過ごす時間だってとても大切なものなので、グッと堪えて……はないが多少の罪悪感はあったりする。


「今日は部活も仕事もなくて暇だったから、お風呂掃除したんスけど。シャンプーの底がぬるぬるだった。璃乙、たまには掃除しないとダメっスよ?」

「おかんか」

次いで明日晴れたら布団を干すと言われて、つい笑ってしまった。本当にマメな男だ。


「来月はオレもそこに泊まれるんスよね。璃乙と一緒に」

「うん」

温泉オレも行きたい行きたいとしつこく駄々をこねられて、面倒になりじゃあ今度二人で行こうと言えばキラキラな笑顔で飛び付かれたのは先週の話。ここは皇族も泊まった由緒ある老舗旅館で、高校生の黄瀬にはちょっと不似合いだと思ったが、本人は子供の頃の温泉旅行以来だと楽しみにしているらしい。


「あーもう早く璃乙と露天風呂入ってイチャイチャしたいっス!」

「は?一緒に入るとかないから」

「なんでっスか!」

「……恥ずかしいじゃん」

それに温泉に入るだけじゃ済まないだろうが、この盛った駄犬が、とは流石に言わなかった。


「ちょ……、璃乙可愛いー!いつも結構大胆な癖に!浴衣姿もすげーエロいし、オレ今夜どうしたらいいの?」

「……浴衣姿?なんで、」

「あ、」

まさか隠しカメラを仕込んだとか?きもっ!とドン引きしていたらスマホを弄っていた緋川と目が合い直ぐに反らされる。


「緋川さん、まさか……さっきの写メ」

いつの間に黄瀬とそんな取引をしたのかと驚き、電話越しに沈黙している彼氏に確認すれば案の定、緋川に土下座して頼みこんだと告白していた。


「だって璃乙が写メ送ってくれないって言うから。怒った?」

「いや、呆れた」

「ごめん。一人で留守番すんの本当に寂しくて、璃乙の最新の顔が見たくて」

くぅん、と小さな空耳が聞こえては、もはや怒れずに少しぬるくなったビールを飲み干して気を落ち着かせてみた。


「璃乙、好き」

消え入りそうな声は悲しそうに見つめる、あの切れ長の瞳を思い浮かべさせて、きゅんと胸を締め付けてくる。


「私もだよ。だからいい子で待ってて」

「はいっス!」

「あと、写メは消去して」

「え。もうノーパソにデータ送ったし」

「ふざけんな!」

「もうバレちゃったし。ね、是非璃乙の浴衣の胸元てか谷間アップの写メお願いします!」

「いやですけど!」

「じゃ、じゃあ……。ふふふふ、太もも写メ下さい!」

「噛み過ぎだしキモい!」

お前は本当に人気モデルで有名バスケットボールプレイヤーなのかと疑いたくなっていた。


「璃乙の匂いのするベッドで、璃乙のエロ可愛い写メを見て寝たいんスよ」

「ちょっと……。私のベッドでヌいたら殺す」

「いや、そんなつもりは、」

「するつもりだったんでしょ?」

「だってだって、こないだは璃乙が女の子の日だったから」

温泉に来る前に生理が来てラッキーだったが、黄瀬はとっても、あからさまに残念な顔をしていた。


(……だから……口でしてあげたじゃん)

緋川に聞こえないように小声で言えばやけに熱っぽい声が耳に届く。


「やべ、思い出したら興奮してきた。璃乙、マジで上手いんスもん」

「と、とにかく、私のベッドでやらないで」

「了解っス。帰って来たら、ちゃんとあの時のお礼するね」

「別にいらないし。それじゃあ、そろそろお休みなさい」

「……もうちょっと話してたいけど、緋川さんが一緒なんスよね。お休みなさい、璃乙……大好き」

名残惜しそうな声に後ろ髪を引かれたが仕方ないと電話を切ると緋川がニヤニヤとこちらを見ていた。その後互いの彼氏の話と酒で盛り上がり、いつの間にか布団に潜り込んでいるのに気づいたのは深夜で、無意識に隣に手を伸ばして黄瀬を探してしまう癖がついている事に気付く。もう寝たかなと手にしたスマホには黄瀬からのメールが届いていて、その内容を見てつい口元が緩み何度も目で追う度に幸せな気持ちに包まれていた。


【やっぱ一人じゃ寂しくて寝れないっス……。せめてオレの夢に出てきてね、璃乙。大好き。】

短い返信をしてから直ぐに眠気に襲われて瞼を閉じると、スマホのメール着信音が遠くで鳴っている気がした。


title:深爪 20140212


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