気まずく重い空気に包まれた車内とは裏腹に車窓から見える街中のカラフルなネオンが煩わしく感じる。チラリと隣を窺えば璃乙は無表情で前方を見ながら運転していて、話しかける隙を作らせない雰囲気だ。元はと言えば自分のつまらない嫉妬が諸悪の根源ではあり後悔しても既に遅く、口を聞いて貰えずに、久しぶりのランデブーの終点は璃乙宅から黄瀬宅に切り替えられたのに気付く。 「璃乙……あの、」 このままでは喧嘩したままで自分のマンションに着いてしまうと焦り、覚悟を決めて口を開いた。 パチッ! 「ーーっ!」 「痛っ!」 ギアを変えようとした璃乙の手の甲に無意識に伸ばしていた手から静電気が発生して、慌てて弾かれたように再び膝に戻すしかない。寒くなると増えるこの現象も今は完全に拒否されたみたいで悲しくなりそのまま黙りこんでしまった。 「着いたよ」 「あ…。うん」 「ここ長く停車出来ないから早く降りて」 「璃乙、」 「……なに?」 「さっきの話なんだけど」 璃乙が元カレと偶然会ってお茶を飲んでいたのを知り猜疑心からつい問い詰めて、「今はオレが好きなんスよね?」と聞いたが「当たり前でしょ」と呆れた顔で返されたのだ。ただ「涼太が好き」と言って貰えれば安心出来たのに、しつこく問い詰められた璃乙はかなり苛立っている。こちらも見ずにドアのロックを解除されては謝る隙も無くて大人しく降りるしかなかった。 「送ってくれてありがとっス」 「じゃ、お疲れ様」 確かに仕事帰りに送って貰ったのだがビジネスライクな物言いに迂闊にも涙が滲んでしまう。何時も車が角を曲がるまで黄瀬が見送り璃乙は一回ブレーキランプを点滅させるセレモニーは、今日の怒り具合からそのままスルーしちゃうのかも、と切なく吐き出した溜め息は寒さの為に白かった。スムーズに走り出した車を見つめていると左折するよりもかなり前でブレーキランプが五回チカチカと点滅して思わず息を呑む。夜も更けてきているから余計に解りやすく、黄瀬に向けてのメッセージだとしか思えなかった。 「璃乙っ!」 ブンブンと両手を振ってから堪らずに全速力で走り出してシルバーの車の隣に並び車内を覗き込むと、呆気に取られた顔で璃乙はこちらを一度見て再び前を向く。徐行していたとはいえ車から離れない黄瀬にお手上げといった感じで仕方なく停車させていた。対向車が来ないのを確認してから運転席側に回りこみコンコンと窓を叩くと直ぐに開けてくれる。 「ばか!車来たら危ないじゃ、」 「あれ、オレが免許取ったら璃乙にやりたかったのに」 「……何が?」 「ちゃんと見たっスよ。ブレーキランプが五回点滅、」 正直今日も黄瀬が角まで見送るのかは賭けだったし、かなり気恥ずかしい事だったのでこのまま走り去る予定だったのに、もの凄いスピードで嬉しそうに追いかけてくる姿が健気で可愛いくてつい止めてしまった。以前カラオケで師匠の緋川が歌っていたドリ○ムの歌詞を黄瀬が「すげーいいっスね!オレもやってみたい!」と感動していたのを思い出し実行してみたのだ。久しぶりに会って喧嘩したまま別れるのも嫌だったし情けないが、璃乙の車内での態度で嫌われるのも怖かった。 「璃乙、オレもーー」 と呟きながら顔が近付き反射的に瞼が降りて互いの唇が触れ合う寸前に、またまた静電気が発生する。 パチッ! 「「痛っ!」」 弾かれたように一瞬離れてから二人は同時に吹き出していた。 「涼太、静電気体質だよね。結構痛いんだけど」 「ごめん……大丈夫?あの、やっぱキスしたい」 小さく頷くと黄瀬はめげずに再び唇を近付けてそっとキスを落としていた。静電気が起きない事に安堵して続けてゆっくりと四回触れるだけのキスをすると、少しはにかんだような笑みを浮かべている。 「ちゃんとお返しにキスを五回したっスよ」 愛し気に優しく頬を撫でながら黄瀬は璃乙の耳元に唇を近付けてきた。 「璃乙、愛してる」 「ん…私も」 真剣な、それでいて甘やかな声が紡いだ言葉に顔が熱を持ち、更に心臓が止まりそうになる。 「璃乙は言ってくんないの?」 「ブレーキランプで伝えたし」 「えー」 「車来るから早く乗って」 「え。いいんスか」 「うん」 いそいそと助手席に乗り込むと自分のマンションに向けて走り出していた。 「璃乙にまたオレの初めてをあげちゃった」 「は?」 「愛してるなんて、生まれて初めて思ったし…初めて言った」 「ありがたく頂きました」 「だから璃乙、ちゃんと責任取ってね」 「は?」 なんだそれ、と苦笑しながらも敵わないなぁと思ってしまう。 「私だって、あんな恥ずかしい事したの初めて……だけど、涼太が喜ぶならって、」 「…璃乙」 隣からの熱い視線を感じながらも照れ臭くて運転中だからとただ前だけを見ていた。 「璃乙の初めて頂きました!あーもうヤバいっス……。オレ、幸せ過ぎる」 「ちょ、運転中は触らないでよ」 「だって、璃乙に触れたくて堪んない」 「……部屋に着いたらね。それまではお預け」 「はいっス」 チラッと見ればそわそわと落ち着かない子供みたいな黄瀬に吹き出しそうになる。家には料理の得意なおネェ系メイクさんに教わったイタリアン鍋の準備がしてあり、この後もっと彼の喜ぶ顔が見れるかと思うとほっこりと胸の辺りが温かくなっていた。 title:tiny 20131122 |