「ねー、黄瀬君。この後ひま?」

「オレ、約束あるんで」

「それって彼女?」

「……」

お前に答える筋合いはないと口を閉じれば今日撮影で一緒だったモデルは、馴れ馴れしくも黄瀬の腕に両腕を絡ませてくる。


「あたしも黄瀬君の彼女にしてよー」

「いや、だからもういるんで」

「二番目でもいいからさ」

「彼女は一人で充分なんで」

すがり付き密着して見上げる女は甘えた声を出すが付け睫毛をパチパチ瞬かせるのもウザったく、とにかく面倒なので冷たく突き放した。


「失礼しまーす」

そこにタイミングを図ったとしか思えない璃乙がガチャリと控え室のドアを開けて小首を傾げてみせる。


「あら?私、お邪魔しちゃった?」

「藍田ちゃん。全然、お邪魔なんかじゃないよー。黄瀬君にふられたとこだから」

じゃあ、私、帰るね。軽いノリで去ってゆく同業者はチラリと未練がましい視線を黄瀬に向けていたのを璃乙は見逃さない。


「モデルの黄瀬君はモテモテですねー」

「まぁ、学校でもモテモテっスけど」

「むかつくっ」

「痛い痛い!踏まないで!」

サンダル履きの足を思い切り踏むと黄瀬は大きな身体を捩って痛がっていた。黄瀬涼太に最近彼女が出来たらしい。そんな噂は何時も通りにネットや雑誌に取り沙汰されていて、アイドルやモデル、女優の様々な名前が上がっているが、今更黄瀬も所属事務所も気にしていない。

しかし未成年の黄瀬の相手が年上スタイリストとなれば余りイメージがよろしくない為、オープンにするのは止めようと璃乙は決めていた。が、不倫関係から脱して明るいお付き合いを望んでいたので寂しい気持ちは正直ある。友達と飲んでいて恋ばなになっても、彼氏はいても高校生だなんてとても言えないし、しかもモデルの黄瀬涼太と言えるはずがない。


「璃乙?」

「ん?」

スタジオを後にして春に花見をした御苑に足を踏み入れても、まだ璃乙はぼーっとしていたらしく、黄瀬に頬っぺたを突っつかれて我に返った。促されてベンチに座りテイクアウトしてきたアイスティーのカップを渡されたが、それを握る指にも無意識に力が入っている。


「なんスか。こんなイケメン彼氏と一緒にいて考え事とか」

「イケメン高校生が彼氏故に悩む事もあるんだっつうの」

「は?」

自分でイケメン言うな!と鉄拳が飛んでくるのを予想していた黄瀬はポカンとしていた。時おり通り過ぎる人達の中には黄瀬に気付きじろじろ無遠慮に眺める者もいるし、たとえモデルとは知らなくとも彼には人目を惹き付ける魅力があるのだ。


「私なんかが涼太の彼女でいいのかな」

自分を卑下したくないが、華やかなモデルとか同じ高校の女の子、そんな同世代と爽やかなお付き合いをするべきではないのか。とボソボソ呟くとはぁ、と溜め息が隣から聞こえてくる。


「もうそんなバカな事、言わないで欲しいっス」

「だって、」

「オレは璃乙が好きだから付き合ってんの。あんたの前なら、素の黄瀬涼太でいられる。全然カッコいいとこ見せらんないけど。あー、璃乙にバスケやってるとこ見て欲しいっス」

「見てみたい、けど」

女子高生に混じって練習を見学に行くのは抵抗があり、未だにバスケットボール・プレイヤーとしての黄瀬を見ていない。


「一回でいいから来てよ。ね?絶対オレに惚れ直すから」

「んー。考えとく。って、自分で惚れ直すとか言うな!」

「痛い痛い!」

軽くデコピンしただけで大袈裟に痛がる黄瀬は私服のせいか今は大学生位に見えた。それでも涙目で見つめる顔は情けなく、やはり年相応の幼さも垣間見えて、こんな表情も可愛いくて好きだなぁ、なんて思う。


「涼太…。好きだよ」

「え、」

珍しく璃乙が素直な気持ちを伝えると意外だったのか黄瀬は一瞬呆気に取られ、緩む口元をパーカーの袖口で隠し空いた方の手で璃乙の手を包み込んでいた。


「オレも璃乙が好きだよ。ね、キスしてもいい?」

「え、やだ」

「なんで?このラブラブな雰囲気でやる事は一つっしょ」

「いやいや。人目があるし」

「オレの目には璃乙しか見えてないんスけど。てか大抵の女の子ってベタベタしたりキスするのを周りに見せたがんのに、やっぱ璃乙って可愛い。さっきはモデルの子に嫉妬してたし」

「うっさい黙れ。ちょ、近寄るな」

「んー。じゃあ、こうすればいい?」

着ていたピンクのパーカーのフードをぽすっと頭に被り、璃乙の水玉のパーカーも同じようにしてみせる。周りからは二人の鼻先しか見えていないだろうと考えていたらグッと黄瀬の綺麗な顔が近付いてきて、退いた身体を容易く抱き寄せられてしまった。伏せられた長い睫毛を見ながら瞼を閉じれば直ぐに優しい感触が唇に届き、小鳥が啄むみたいに何度もキスを落とされる。


「ん…、もう、」

「ヤベ…。止まんない」

「んぅっ…」

薄く開いた唇から舌を滑り込まされてしまい、それが璃乙の舌を絡め取ると黄瀬のTシャツを握り締めて、ただただ深いキスに夢中になっていた。フードを被っているのでやけに二人の口内から漏れる音がリアルに鼓膜に響き変な気分になってゆく。


「はぁっ…。ばか」

「ばかでいいっスよ。璃乙とやらしいチューが出来んなら」

「んもー、黙れ」

フードを外されて呼吸と同じ位に乱れた璃乙の髪を直す黄瀬を睨むが楽し気に微笑まれるだけだ。


「髪の毛ボサボサだよ、モデルさん」

「璃乙、直して」

「ちっ、」

「なんで舌打ち!?」

甘えたお願いの仕方まで可愛いとかマジでムカつく!と怒りを抑え、しぶしぶながら髪を直してやると黄瀬は嬉しそうに瞳を細めている。家に帰ってもっとイチャイチャしたいっス!とキラキラした目で請われて、それも悪くないと二人並んで歩き出していた。


title:寡黙 20130630


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