「ちょ、くすぐったいっ」

学校帰りに立ち寄った璃乙の部屋で、黄瀬は大きな身体を震わせていた。ソファーにもたれていたら耳の後ろの匂いをいきなり嗅がれたのだ。


「私、涼太の匂い嗅ぐの好きなんだよね」

すんすん、とうなじまで鼻先を移動しながら言われて更にくすぐったい。


「匂いフェチっスか?」

「んー。ボディローションやアロマとかの匂いは好きだけど、特に体臭は気にしてなかったなぁ」

「……オレ、汗臭い?」

「ちょっとだけ」

「シャワー浴びてくる」

「ダメ!もっと嗅がせてよ。この汗混じりの匂いが堪らないんだから」

「……」

男の方が体臭は強いはずだし、部活終了後に軽くシャワーを浴びてきただけなので、黄瀬としては気になって仕方なかった。しかし振り返ってチラリと見えた璃乙の顔は恍惚と呼べるもので、ガッチリと背後から抱き着かれているのは正直心地好い。


「あー、良い匂い」

「汗臭いだけっしょ」

「男にしてはそんなに」

「……そっスか」

誰と比べてんだよ、とカチンときたが璃乙の鼻息が脇に差し掛かり慌てふためく。


「いやいや!そこはダメ!」

「いーじゃん、ケチ」

「ケチとかいう問題じゃ、」

「大人しく嗅がせろ。ほら、脇オープン」

「いやっス!」

黄瀬がギュッと両脇を引き締めてしまえば璃乙の力では抉じ開けるのは不可能だった。


「なんか璃乙、変態臭いっスよ」

「そうかなぁ?ね、靴下脱いだ足を嗅がせてよ」

「そこもダメ!」

「涼太のケチ」

黄瀬の前に回り込んで来た璃乙は不満気に膝を着いて見上げている。


「もう充分嗅いだでしょ」

呆れつつヒョイッと抱き上げて膝に乗せると、毎度のことながら軽い身体に驚いていた。つむじからはシャンプーなのかフルーティな香りが漂い、髪を掻き分けてうなじを嗅ぐとやはり良い匂いが鼻腔をくすぐる。


「りょ…、た。くすぐったいよ」

「お返しっスよ」

「やだ、やっ…。舐めるのは反則でしょ」

耳の後ろを嗅いだついでにペロリと舐めれば、ふるりと璃乙は肩を揺らしていた。


「璃乙もすげー良い匂いする。確かに堪んないかも」

「もういいでしょ。終了!」

「そういえば…、緋川さんが言ってたんスけど。人間には相性の良い相手を匂いで嗅ぎ分ける能力があって、好きな体臭の異性には強く惹かれて相性が良いらしいっスよ、DNAレベルで。通称・恋愛遺伝子って言われるHLA遺伝子って言ってたかな」

「確かに彼氏でも、受け付けない匂いってあったかも」

「自分と出来るだけ違う遺伝子を本能的に求めてて、その方が免疫力の高い赤ちゃんが産まれるんだって。だからDNA的にこの男の体臭が好きだから、子供産みたいみたいな感じなんスかね?年頃の女の子がお父さん臭い!って言い出すのも近親相姦を避ける本能なんだって」

「ふーん…」

そんな雑学を聞いた璃乙は何か思案しているのか、じっと黄瀬を見つめていた。


「じゃあ、涼太。私と子作りしてみる?」

「…は?」

一瞬固まってしまった顔は真顔なのに緩みそうな口許を必死に引き締めようとしている様子に璃乙は我慢出来ずに笑ってしまう。


「冗談だよ」

「純真な高校生をからかわないで!」

「冗談なんだけど…冗談でもないというか」

「ん?どういう意味?」

「だから、」

付き合うようになっても黄瀬がキス以上のことをしてこない。最近の男の子は彼女とエッチするよりも、1人エッチの方が楽だし気持ちいいなんて雑誌に載っていた。単に黄瀬が見た目通りに草食系男子なのかも知れないが、もしかして酔った璃乙に襲われたのがトラウマになっているとか、不能になっちゃったとか…。最近気になっていたことをボソボソと呟いていると、黄瀬はプハッ!と吹き出していた。


「不能とかあり得ないんスけど。オレ毎朝ビンビンだし」

「だったら何で?」

「んー…。だってまだ付き合ってからそんなに経ってないし」

「もう3ヶ月過ぎたよ。ね、正直に言ってよ。本当はあんまり性欲ないんじゃない?……私としたくないの?」

そう聞いた途端にぎゅうっと強く抱き締められて、息が止まるかと思った時、黄瀬は璃乙の耳元に唇を寄せる。


「めちゃくちゃ抱きたいに決まってんじゃん。でもさ、あんましガツガツ盛ってひかれたくないし、それに、」

「それに?」

「璃乙がすげー大好きで仕方なくて、でもオレなりに大事にしたいなって思ってて」

「…うん」

「簡単に手を出さないのが本気とか誠実とか勝手に考えてた…、けど。璃乙を不安にさせてたなら、ごめん」

ぐりぐりと頭を擦り寄せられて、黄瀬の本音を聞いて不覚にも涙が滲んで胸がときめく。今までそんな風に言ってくれる男は居なかったので感動すらしていた。


「もう、本当に…。涼太ってば良い男!好き!抱いて!」

「ちょ…、オレが必死で我慢してんのに、そういうこと言わないの」

「…ありがと、涼太。本当に大好き」

「オレも」

ちゅ、と優しくキスを落とした黄瀬の表情はこれ以上ないという程に、愛しいと璃乙に告げているように思える。涙目で見上げられて理性がぐらぐら揺れるのを押さえている黄瀬が、様々なシチュで妄想して璃乙を犯しているだなんて勿論知るはずもなかった。そんな彼氏が草食系男子なんて可愛いものではないのを思い知るのはもう少し先のお話。



title:i'm sorry,mama.
20130519 20140516追加修正


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