「璃乙、お帰りなさい」 「ただいまー、涼太」 帰宅すると明らかにしょんぼりムードの黄瀬の表情に璃乙の胸が締め付けられていた。あんなクソ野郎のせいで彼が傷付くなんて許せない。2人が会話したのかは解らないが、何か余計な話を聞いたのは確実だろう。 「璃乙、お腹空いてる?」 「あー……少しだけ」 中途半端な時間に差し入れのハンバーガーを食べたのでそんなに空腹感はないが、何やら良い匂いがしていた。 「涼太、もしかしてご飯作って待っててくれたの?」 「うん。璃乙と食べたくて」 「ごめんね、遅くなって」 申し訳なくて慌ててヒールを脱ぎ玄関を上がり薄暗い廊下から明るいリビングに入ると、何故か黄瀬の表情が一変していた。 「璃乙、それ、」 「え?なに?」 「今まで、誰と一緒に居たの?まさか……あいつ?」 「涼太?何を言って、」 ぐいっと手首を掴まれて見上げる黄瀬の顔は怒りと悲しみに満ちていて、何が起こったのか璃乙にはさっぱり解らない。 「元彼にキスマーク付けられるようなコトしてたの?」 「まさか!」 今更エレベーター内でのアクシデントを思い出していたが、彼がこんなに怒ったところは初めてで怖くて口が上手く動かなかった。 「オレ……ナベさんとあいつがしてた璃乙の話聞いちゃって、すげームカついて先に帰ったんだけど。なんであんな奴と2人きりになってんの?また付き合いたいとか思った?」 「そんなこと、」 「キスマーク付けられるなんて2人きりの状況でしょ。どういうことなんスか。イヤじゃなかったとか?」 「イヤに決まってるでしょ。私の話聞いてよ」 有無を言わさずに黄瀬が璃乙の手を引いてベッドルームに連れて行くのに気付き、足を踏ん張ってもあっさりとベッドに押し倒されていた。 「他の男に触られんのも嫌なのに、キスマークとかふざけんな」 「涼太、違うの」 エレベーター内での事を説明しても彼の怒りはおさまらないようで、しかも焦っていたせいか「剛さんが」と名前を呼ぶという失態で益々煽ってしまったようだ。 「オレ以外の男の名前を呼ぶな」 ギシ、ベッドが軋んだ音と共に黄瀬に組み敷かれた璃乙は唇も身体も凍りついている。彼の独占欲溢れる発言がショックな反面、どこか嬉しい自分もいて混乱しそうになっていた。 「ね、どうすれぱオレだけのものになってくれんの?璃乙」 「……っ、」 いつしか切ない表情に変わった黄瀬に答える事も出来ずにいると、シャツを思い切り左右に引っ張られてボタンが弾けて飛んでゆくのを見てやっと声が出る。 「やだ、」 「璃乙は絶対、誰にも渡さないし離さない」 「やっ!」 必死で抵抗しても体格差、男女の力の差は歴然のもので抑えこまれた手がびくともしない事で恐怖心が足元から這い上がってきた。 「痛っ」 波多野に付けられたキスマークの上から新たに刻んだであろう赤い印を見下ろして、少しだけ黄瀬の口元が緩んだように見える。このまま無理やり犯されてしまっても構わないと璃乙は思っていた。それは諦めではなくて彼の気が済むのなら仕方ないと考えていたからだ。しかし身体の震えは止まらずに目尻まで熱くなってきて、それは下着に手を掛けた黄瀬にも解ったようだった。 「……璃乙」 涙が伝う頬を大きな手で撫でられてビクリと肩を震わせると黄瀬の方も泣きそうな顔をしていて、視界が滲む璃乙からゆっくりと離れていく。 「璃乙、ごめん。オレ……帰る」 足早にベッドルームを去る彼にかける言葉も頭に浮かばずに毛布を頭まで引っ張ると、直ぐに玄関の施錠をする音が僅かに聞こえていた。何時も優しい黄瀬の信じられない行動にまだ震えが止まらない。嫉妬されてあんなに独占欲が強い事を知りショックなのに、それがそんなに嫌ではない自分に璃乙は心底驚き、元彼との仲を疑われたのは悲しかった。多分、無理やりセックスを強いられても許してしまう、それ程に黄瀬を好きなのだと思うと涙が止まらなかった。 title:リラン 20140614 |