※※※後半に無理やりな行為の展開有り。苦手な方はご注意下さい。








「璃乙、いい女になったな」

「……」

「藍田さん。緋川さんが呼んでる」

「わかった。じゃあね、波多野さん」

元彼である波多野の言葉にどう答えれば良いのか考えあぐねていると、ナイスなタイミングで黄瀬が現れ内心ホッとして一緒にティールームを離れていた。





鼓動の奥に爪をたてて





「あの人、元彼?」

「んー……。そうだね」

ふーん、と不機嫌さを隠しもしない黄瀬をチラリと見上げれば、案の定拗ねているのが解る。何故知っているのかと聞くのも憚れて平常心を装うが彼はかなり気にしている様子。以前も別の元彼と偶然会ってカフェに入ったのを責められて喧嘩した過去があるせいか、黄瀬は聞きたくて仕方ないのを我慢しているように見えた。
午前中の撮影分の写真チェックをスタッフとしていると手持ちぶさただったのか黄瀬はスタジオから出て行く。波多野が既に帰っているのを願って心中がざわめくが、集中しろと緋川に小突かれて璃乙は我に返っていた。


「まだあの頃の璃乙は高校生でさ、本当に可愛いかったなー」

「藍田ちゃんが読者モデルやってた時か。懐かしいな。ていうか、付き合ってたの?羨ましい!」

再びティールームに戻ればドアを開ける前に波多野と編集長の渡辺の会話が聞こえてくる。


「なんか初々しいのにエロくてさ、最初は遊びのつもりだったけど。俺、すげーハマっちゃって本命の彼女と別れようかなとか考えたもん」

「お前、本当に女癖悪かったからなサイテー。藍田ちゃんは別れて正解だったわ。ハタ、もったいない事したな。藍田ちゃんモテるんだから」

「女癖悪いのは認めるけどさ。俺みたいなオッサンに可愛い女子高生が惚れるなんて浮かれるでしょ、普通。「好きです」なんて告白されて思わず車の中でヤっちゃったからね」

その先は璃乙とのカーセックス云々だの聞くに耐えない内容で、踵を返して控え室に向かっていた。自分の撮影は既に終わっていてマネージャーには帰って貰い、何時も璃乙の仕事が終わるのを待っているのだが、イライラし過ぎて落ち着かない。彼女の過去を気にするなと言うのが無理な話とはいえ、自分が本当に小さな男に思えてくる。リアルに元彼と顔を合わせたのは初めてで、坊主頭に無精髭のワイルド系の波多野は黄瀬とは全く違うタイプだ。年齢は30代だろうか。不倫相手の白戸も随分と年上だったし、元々年上の男がタイプなのかも知れないと考える内にもムカついてエナメルバッグを手にすると、控え室を出てエントランスへと足を向けていた。






やっと仕事を終えてスマホを見ると黄瀬から先に帰って待ってるとlineにメッセージがある。珍しいな、と少し寂しく感じてカートを引きながらエレベーターに乗ると、閉まる直前に誰かが乗ってきた。


「璃乙、ご飯食べに行かない?」

「波多野さん、結婚したんでしょ。真っ直ぐ帰れば」

「冷たいなー。あの頃は剛さん、剛さんって引っ付いてたのに」

「もう別れたし関係ないでしょ」

「マジで色っぽくなったな」

「やだ、触んないで」

エレベーターの隅に追い詰められ頬に手を伸ばされると鳥肌が立っていた。


「璃乙とのセックス忘れられないんだよねー。お前以上の女、いなかった」

「相変わらず女癖悪いんだ。私、もうそういう男は嫌なの」

「じゃあ、離婚したら俺と付き合ってくれる?」

「え」

意外な言葉に呆気に取られている隙にキスされそうになり顔を背けると、波多野は璃乙の首筋に唇を近付けていた。チリッと一瞬痛みが走り、両手で突き飛ばすとニヤニヤ笑っている軽薄な男に嫌気が差す。ちょうど1階に着いて開いたドアから足早に逃げ出していた。
来月のembrasse-moiの「この夏欲しいTシャツ100枚」企画の為に色んなショップ巡りをしていて再会した波多野はセレクトショップのオーナーになっていた。璃乙が高校生の頃に彼は古着屋の店長をしていて、一目惚れをして猛アタックしたのだ。付き合えたものの波多野には結婚寸前の彼女がいて、それを知り身を引いた時の失恋のショックは相当なものだった。無性に黄瀬の顔が見たくて恋しくて、何時もよりスピードを出してマンションへと車を走らせていた。


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