街中でバギーに乗る幼児を見て羨ましく感じる自分は相当疲れ果てている、そう実感しながら璃乙は車を走らせていた。自分にもあんな風に母親に全て世話をされ甘やかされていた時期は確かにあったのだろうが、そんなのほぼ覚えていない。年度末から続く仕事のピークも今日を乗り越えれば何とか一段落する。早く家に帰ってベッドに寝転がりたいと熱望しつつ出版社の地下駐車場に入っていた。 美味しそうな香りにヨダレを垂らして目を覚ますと何時もの自分のベッドの上で、ぼんやりと頭を掻きながらヘッドスパ行きたいなーなんて考えていると寝室のドアが開いた。 「あ、璃乙起きた?」 「……涼太」 リビングから射し込む光をバックに歩み寄る長身の男の声に反応する。 「今日、始業式だけで部活なかったから来ちゃった。璃乙死んだみたいに寝てたっスよ?メイクも落としてなかったし、クレンジングシートで簡単に拭いておいた。あとご飯出来てる」 「天使がいた」 「は?」 「涼太ー!マジ天使!」 「ちょ、大丈夫?」 「大丈夫じゃなかったけど、生き返った」 「大袈裟っスね。璃乙、忙しかったもんね。お疲れ様。ちょっと痩せた?肌も荒れてるし」 「時間が不規則だし外食ばっかだったし」 よいしょと抱き起こされて黄瀬を見上げると妙な違和感を感じていた。会わないうちに伸びた髪を耳にかけているのかと思えば、どうやらサイドを結んでいるらしい。 「あー、璃乙の借りてる」 「……?」 ひょいと横を向くと璃乙のショッキングピンクのシュシュでサイドの髪を纏めていて、綺麗な顎から首筋までのラインに見惚れてしまっていた。長めの髪も似合うし、少し大人っぽいし……何だかセクシーでドキドキしてしまう。会うのが久しぶりなのもあり、気恥ずかしくてぎゅうっと抱き着くとよしよし、と優しく頭を撫でられていた。 「なんか璃乙、子供みたいで可愛い」 「……子供でいいから甘えてたい」 素っぴんで髪もボサボサで情けない姿だろうに柔らかな笑みを浮かべる、黄瀬の慈愛に満ちた表情に迂闊にも涙が滲んでくる。疲れていただけでなくて、彼に会えないのが寂しかったのだと今更自覚していた。 「……涼太」 「はいっス」 「涼太、涼太」 「なんスか?」 「もっと、ぎゅうってして」 「そんな可愛いお願いなら、いくらでも聞いてあげる」 加減しながらも伸ばされた腕の力が強まる安心感と爽やかな香りが心地好くて、広い胸に顔を埋めているとふいにおでこに触れた柔らかな感触に顔を上げていた。 「……こっちのが良かった?」 間髪入れずに唇にちゅ、とキスを落とされて素直に頷くと満足気に微笑まれて、限り無くゼロに近かったHPがぐんとUPする。今までの彼氏は自分達の仕事の不満や愚痴ばかりで、こっちの話をちゃんと聞いてくれずに、璃乙が多忙で連絡出来ないと勝手にキレていた。黄瀬のように体調を心配してくれたり、疲れているだろうとご飯を作ってくれるなんて初めてだ。黄瀬も部活とモデルの仕事で忙しいのにマメに連絡してくれるし、返信出来なくても許してくれる。 「やっぱ涼太は天使じゃなくて悪魔かも」 「え。酷っ!」 「だって……。本当は彼女の私がご飯作ったりしなきゃいけないのに。涼太ってば凄い私を甘やかすんだもん」 疲れているとはいえメイクまで落として貰う自分は、天使みたいな顔の悪魔に堕落させられるのではないかと不安になる。 「オレがしたいからしてんの。気にしないで?それに璃乙も美味しいご飯作ってくれるし」 「……涼太」 女子会で彼氏の性欲が強いとかセックスがしつこくて困ってるなんて下ネタ暴露してごめんなさい!と心中で謝りながら抱き着くと、ひょいとお姫様抱っこされていた。 「疲れてるだろうけど、お風呂にする?それともご飯にする?」 「涼太で」 「え」 「うっそー。ご飯食べたい」 「……やっぱ璃乙は小悪魔っスね」 甘え声で言った璃乙の言葉を真に受けた黄瀬の耳たぶが赤くなっているのを確認してニヤリと笑い、早くご飯食わせろと言うと明らかにガッカリした顔をしていた。 「璃乙がいいならオレは今直ぐでも、」 「ご飯が先で」 「……はいっス」 完全に尻に敷いた年下彼氏の頬にキスをしてから「お風呂入ったらね」と囁くと、キラキラ瞳を輝かせる辺りは本当に可愛いなと思う。 「涼太、シュシュ似合ってる。今度の撮影でその髪型にしてみようよ」 「え。これってアリ?ご飯作る時に髪が邪魔で、あと璃乙のシュシュだからやっただけで」 「んー。やっぱ他の女には見せたくないかも」 「!……璃乙っ」 「ねー、涼太。デザートにサーティワンのオレンジシャーベット食べたい」 「まだギリ開いてるから、買ってくる!」 素早く財布を握り締める黄瀬に璃乙は吹き出し、ご飯食べたら一緒に行こうと宥めていた。 neta thx! みやびさん title:魔女と心中 20140406 |