今年のバレンタインデーは金曜日でラッキーだったと黄瀬はしみじみ感じていた。週末は体育館のメンテナンスで部活は休みで、下校してから自宅に荷物を取りに行きその後は璃乙が車で迎えに来てくれた。バレンタインデーに温泉旅行はちょっと渋い気がしたが、一緒に過ごせるならば何でも嬉しい。そんな気持ちが表にだだ漏れだったのか、璃乙もそんな楽しい気分を共有してくれているようだ。


「璃乙、お酒飲まないの?」

「あー……。うん、」

「オレに遠慮しないで」

ビール瓶を手にした黄瀬にお酌して貰い、結局乾杯していた。勿論彼は未成年なのでコップの中身はコーラだ。付き合って一年経つんスね!と言われて去年のバレンタインデーに璃乙から告白したのが懐かしく思い出される。今年用意したのは有名ショコラティエのチョコレートで、夕食を終えた後にそっと差し出すと嬉しそうに受け取ってくれた。


「ん、甘さ控えめで美味しい」

見た目もシンプルなチョコレートを口にした黄瀬がそんなに甘いものが好きではないのは知っていて、璃乙もそんなにスイーツ好きな方ではないが高級メーカーのチョコレートのお味は気になった。


「璃乙、味見してみる?」

「いいの?」

物欲しそうな顔でもしていたのかと恥ずかしく思いつつ素直に食べたいと答えると、手招きされてテーブルを回り込むと何故か抱っこされている。そして黄瀬は二つ目のチョコを口に入れてから璃乙の顎を持ち上げてゆっくりと唇を近付けてきたちゅ、と触れただけで甘い香りが漂い、薄く開いた隙間から生ぬるい舌先がほど良く溶けたチョコを口内に滑り込ませる。二人が舌先を絡ませる度にチョコは溶けて消えてゆき、後は互いの唇を貪るようなキスをひたすら堪能していた。


「ね、美味しいでしょ?でもチョコよりも璃乙の方が甘くて美味しい」

「……」

既にキスで蕩けそうなのに甘ったるい表情とそんな言葉に何も返せずにいれば、ぎゅっと抱き締められて耳元に「チョコありがと」と囁かれる。


「璃乙が好き。本当にどうしようもないくらい大好き」

「ん……。私も好きだよ」

「なんかたまに怖くなるんスよ。こんなに璃乙を好きになっちゃって……どうしようって」

高校生と社会人で会える時間も限られていて、璃乙は仕事で色んな男に囲まれていると思うと不安で仕方ない。元々彼女は年上の男がタイプだと緋川から以前聞いており、他の男に略奪されたらどうしようなんて考える事も多かったりする。


「オレ、璃乙に捨てられたら死んじゃうかも」

「バレンタインデーに不吉なこと言わないでよ」

「だって、」

「私ね、付き合っててこんなに大切にされるの涼太が初めてで……。この間緋川さんとここに泊まった夜も布団の中で寝惚けて涼太を探しちゃったりして、私の中を凄く涼太が占領してるんだなーって思ったの」

「……本当に?」

「うん」

「でも好きだって言われたり、優しくされても。いつか涼太は他の女の子に心変わりしたりするのかなって考えて泣きそうになる時もある」

アルコールが多少入っているせいか普段はひた隠しにしていた本音が零れてしまい、顔を隠すように広い胸元に頭を預けていた。学校でもモテるだろうし仕事場でもいつだって女性に囲まれている彼を独占出来るのは二人きりの時だけだ。


「オレも同じようなこと考えてた。璃乙モテるし、オレがいない時に他の男に口説かれてねーかなって不安で仕方ない」

「涼太も?嘘でしょ、」

「ほんと。オレ璃乙にベタ惚れだし、他の女なんて目に入んないから、信じて。それにクリスマスに約束したでしょ?」

「うん、ありがと」

余計な不安が薄れて見上げると柔らかな笑みを浮かべた黄瀬とまた唇を重ねて、それは離れがたい程に甘美なもので中々離れることが出来なかった。










「はー。露天風呂、最高っスね!」

「……」

能天気な黄瀬とは裏腹に璃乙は早く部屋に戻りたくて堪らなかった。甘い雰囲気の後には一緒に露天風呂に入ってください!と土下座されてアルコールのせいもあり、うっかり了承してしまった自分を殴りたい。


「……璃乙?」

「あんまし見ないでよ」

「そんな今更、」

「恥ずかしいもんは恥ずかしいの!」

あんなコトやこんなコトをしていても二人をぼんやりと照らす間接照明のある露天風呂に一緒に入るなんて羞恥心で死ねそうだ。


「恥ずかしがる璃乙も可愛いー」

「ちょ、こら、」

後ろから抱き締められて首筋にあたる吐息が夜も更けて気温の下がった露天風呂ではやけにリアルに感じられる。結局黄瀬の両足の間に座る体勢になったが、これならそんなに見られないかと少しだけ安心していた。


「璃乙とまた一つ想い出作っちゃった。すげー幸せっス」

「涼太と温泉ってちょっと不思議だったけど、喜んでくれて良かったよ」

「璃乙が一緒なら何でも楽しいけど、なんか温泉にハマりそう」

バスケにモデル業に忙しい黄瀬の骨休めに温泉は良いかも知れないと考えていると、するりと太ももに大きな手が這っている。


「……涼太?」

「温泉汚さない程度に……ね?」

振り向き文句を言おうとすれば唇を塞がれていて、このままのぼせる寸前まで可愛いがられるとは、油断していたと後悔した頃には既に遅過ぎた。


title:muse 20140212


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