12月の仕事は年末進行の為に璃乙は日々ハードなスケジュールが続いていて、黄瀬はウインターカップ真っ只でイブは1回戦だと聞いている。クリスマスはラッキーにも休みを貰えて、前日から彼に久しぶりに会える、それを楽しみにしながら仕事に励んでいた。

クリスマスイブの夕刻。混んでいる道路に苛立ちながらもやっとこ仕事を終えて自宅に戻ると、まだ黄瀬は来ていない。ガッカリしている自分を奮い立たせて料理をしなければ!とは思ったが、疲労もピークで少しだけ休もうとソファーに倒れ込むといつの間にか眠っていたようだ。






「璃乙」

呼ばれただけで細胞まで浸透するような幸福感が心地好くて瞼が開かない。


「んもー、しょうがないっスねー」

ちゅ、と閉じたままの瞼に温もりを感じて、ふにゃりとだらしなく口元が緩んでいた。


「涼太……、お帰りなさい」

「……なんかいいっスね、お帰りなさいって。結婚してるみたいで」

確かに何時もは「いらっしゃい」と迎えていた気がする。寝起きとはいえ無意識にそんな事を言ったのがちょっと気恥ずかしかった。


「やっと璃乙に触れた」

優しく抱き締められると疲労困憊だった身体が軽くなる錯覚に陥りながら、広い背中に腕を回すと安心出来る体温に暫し身を委ねる。


「涼太の匂いだ……」

すりすりと頭を擦りつければクスリと小さな笑いを零した黄瀬の大きな手で撫でられていた。


「璃乙、滅茶苦茶忙しかったでしょ。お疲れ様」

「うん……。好きな事だから、頑張ったよ。涼太も1回戦突破おめでとう」

「ん、ありがとう」

至近距離で見つめ合って互いを労った後には、もっと距離は縮まり自然と唇が重なる。啄むような可愛いものから深く貪欲なキスに変わるとつい夢中になってしまい、舌も指も絡ませると今にも蕩けてしまいそうだ。名残惜しくも唇を離すと同時に2人のお腹が情けない音を鳴らして、思わず吹き出す。キスでお腹は満たされないので仕方なくキッチンに向かうと、黄瀬は休んでいろと言ったのに忠犬みたいに後をついて来た。昨晩から仕込んでいたタンシチューは直ぐに出来上がり、サラダを作るだけなのに「手伝う」と煩いのでパンをトースターで焼いて貰う。


「うまっ!なんか璃乙の料理、どんどんグレードアップしてる!」

「私もそう思う」

元々外食が好きで料理なんて一切しなかったのに、黄瀬と付き合ってから始めた料理に意外にハマっていた。凝り性なのでハマるととことん突き進むが、それも食べてくれる黄瀬の存在があってこそだ。食後にゆったりとカフェオレを飲みながら近況報告をする間も互いの手は繋がれたままで、璃乙がトイレに行くと言えば寂しそうな顔を見せる黄瀬に笑ってしまった。2人が順番にお風呂に入ると時計の針は12時まであとわずかで、部屋の照明を少し落としてキャンドルに火を灯す。日付が変わると「メリークリスマス」と言い合ってから触れるだけのキスをしていた。


「璃乙……あの、クリスマスプレゼントなんスけど」

「うん。同時に交換しようか」

「あ、うん。えと……先に言っておくけど!お願いだから退かないで欲しいっス」

「はぁ?」

なんかやらしいランジェリーとか、大人のオモチャとか?そんな訳はないだろうと素直に頷くと黄瀬は真剣な表情で水色の小さな箱を渡すので一瞬固まった。何故なら同じ高級ブランドの包装だったから。黄瀬も驚いたようで「気が合うっスね」と笑っている。プレゼントを開けると小さな箱の中にはシンプルなプラチナらしき指輪が誇らし気に鎮座していた。


「涼太、これ、」

「あの、重いとか言わないで……。それ、ペアリングなんスよ」

embrasse-moiのクリスマス特集にも載せたクリスマス限定のペアリングで、デザインはシンプルでも内側には黄瀬のイニシャルが刻印され、更に誕生石がはまっている。


「オレのリングには璃乙のイニシャルと誕生石が裏にあって……。やっぱ、退いてる?」

無言でリングを眺める璃乙を心配そうに見ていた。


「まだ高校生だし、結婚出来る年齢でもないし……。でもオレ、璃乙がすげー好きで、ずっと一緒にいたいなって思ってて、約束して貰えたらって、」

テンパりながらも切々と訴える言葉を聞いていると黄瀬が話を中断した。


「璃乙?」

スルリと頬を撫でられて自分が泣いている事に気付く。


「あれ……。私、泣いてる?」

「うん。そんなにイヤだった?」

「違っ……!ビックリして、凄く嬉しくて、どうしていいかわかんなかったの」

「……良かった。ペアリングとか重いってイヤがるかと思ってたから」

ペアリングを貰ったのはぶっちゃけ初めてではないが、黄瀬がちゃんと将来的な気持ちをこめてプレゼントしてくれたのが嬉しかった。


「ありがと、涼太。付けてくれる?」

「ん、」

サイズはピッタリでスムーズに薬指に収まったリングをニコニコしながら見つめる彼の優しい眼差しにこちらまで釣られて笑みを浮かべる。


「璃乙もオレに付けて?」

細長いがそれなりに骨ばった薬指に付けてやると、これ以上はないという程の笑顔を見せた。


「璃乙、大好き」

ぎゅうっと抱き締められると早いリズムを刻む鼓動がこちらにも伝わってくる。


「すげー緊張しちゃった。良かった喜んでくれて」

「凄く嬉しいよ、涼太」

「……なんか璃乙はオレのものって感じ」

左手を手にとり薬指にそっとキスを落として呟くのを見てから、自分もそれを真似て彼のリングにキスをした。


「もうずっと前から、私は涼太のものだよ?」

「……璃乙」

「泣かないでよ」

「泣いてないっスよ!璃乙があんまり可愛いこと言うから、」

涙目の癖に、とからかうと拗ねて璃乙の肩口にグリグリと頭を擦りつけてくる。


「オレがもうちょっと大人になったら正式に言うけど、取り敢えず予約したから、璃乙のこと」

「うん。予約されちゃいました」

「あー、幸せ過ぎる」

「私も」

正直、今まで結婚なんて考えたことがなかったのに、しかも年下の高校生から将来の約束をされるだなんて、驚いてしまった。でも多分きっと、彼以上に好きになれる男なんていないと思える。


「あ、忘れてた。涼太、私からのプレゼントも見て?」

「はいっス。……ピアス?」

「うん。何時もしてるやつのプラチナ版みたいなんだけど、」

「ウインターカップ、このピアス付けて試合する。ありがと、璃乙」

今日は試合は無くて2回戦は明日らしい。


「あのね、明日の試合見に行けるから」

「マジっスか?絶対勝つから」

無理してでも徹夜した甲斐があり連休が貰えたのだ。外との気温差は暖房だけではないと思う程に胸の辺りが温かくて幸せな気分で満たされてゆく。また飽きることなく甘ったるいキスを繰り返しているうちに互いに融け合ってしまいそうになっていた。




title:寡黙
20131224


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