互いに多忙で会えずにいれば既に2週間が経過している。黄瀬は毎日マメに電話をくれたがやっぱり直に会いたくなるのは当然で、ラッキーにも仕事が昼過ぎに終わった後、璃乙は彼のマンションへと車を走らせていた。今日は土曜日で昨日電話で部活は午前中だけだと聞いていたので、連絡なしでサプライズ訪問してやる!合鍵貰ってるし、と意気込んでいたのだが、止めておけば良かったと玄関を開けた途端に後悔する。黄瀬のバッシュの隣に並ぶサイズが25センチはありそうな豹柄のハイヒールに目が釘付けになっていた。

ここで引き返せば傷は浅いかも知れないし頭の中には警告音が鳴り始めるが、何故か足は止まらずにリビングへと進んで行く。そっと半分がガラスのドアを開ければ当たり前のようにソファーに座りマグカップを口元に運ぶ女が居た。ベッドルームでお楽しみの真っ最中という事態は免れたが、目が合って見つめ合う今も最悪の状況には違いない。


「……え、」

「こんにちは」

いきなり入って来た璃乙に驚き切れ長の瞳を見開く女はモデルだろうか。海常バスケ部のTシャツだけを身に纏い、身長が高い為に太股が顕になっていた。


「あの……涼太、今、お風呂に入ってて、」

ああ、確かにこれは私が置いてったハッピーヒッピーの香りだわ……てかおいおい、セックスした後かよ!昼間っから盛ってんじゃねーよ!と突っ込みたいのを抑えたが黄瀬が璃乙の為に買ってくれたマグカップを使い、黄瀬のTシャツを借りてる姿に異様に腹が立って舌打ちをしていた。今迄撮影で見たモデルと比べても一番綺麗でスタイルも抜群、年齢は自分と変わらないと思うが、璃乙を遥かに上回るスペックの高さに目眩がする。年上のプライドもあるし余裕を見せて冷静に話し合い……しようと思っていたが無理だった。


「あなた、誰?」

「私は涼太の…」

「……本命?まさか、私が浮気相手だったの?」

私、男運が悪過ぎじゃんと悲しくなるが気付けば半泣きでモデル風の女に詰め寄っていた。


「ていうか、涼太のTシャツ着ないでよ!ムカつくっ。涼太の服で彼シャツや彼Tしていいのは、私だけなんだから!」

「え……あのっ。や、引っ張らないで!」

「紐パンとか、セクシーか!私だってここに来る前にやらしー下着買ってきたんだから!涼太が好きそうなやつ」

「ちょ、落ち着いてっ」

「彼氏の浮気現場で落ち着けるか!」

「私、涼太の彼女とかじゃない、」

「じゃあセフレ?あいつ性欲強いし……。てか涼太の童貞奪ったの、私なんだから!」

唯一、ハイスペックな彼女に勝てるとこだろうと、どうだ!と言わんばかりにビシッと決めればモデル風の女はドン引きしたのか固まっている。


「……璃乙」

「え?」

いつの間にお風呂から出てきたのか黄瀬本人が真っ赤になって後ろに立っていた。


「涼太、童貞卒業おめでとう」

「姉ちゃん…」

ガクリと床に膝を付ける黄瀬をニヤニヤしながら見下ろすモデル風の女の顔は落ち着いて見れば彼に似ている。


「え、姉ちゃん?」

「初めまして、涼太の姉ですー。何時も弟がお世話になってます、色んな意味で」

「……!わ、私、ごめんなさい!勝手に勘違いしちゃって!しかもなんか変な事ばっかり、」

「いいのよ、別に。私も直ぐに姉だって言えば良かったのに、璃乙ちゃんが嫉妬するのが可愛いくて。今夜はお赤飯炊かないと、ね?涼太」

「うるせーよ、早く帰れ。勝手にオレの服着てるし、あ!璃乙専用マグカップまで!」

「いーじゃんケチ。……涼太が大人の階段を登って、涼香姉ちゃんもママも喜ぶだろうなー。しかも彼女に性欲強いとか言われてるし」

「弟のプライバシーを漏らす気か?ふざけんな!」

「あ、私もう行くね。デートなんだ」

ベッドルームへ消えてあっという間に私服に着替えた黄瀬姉は「じゃあ、ごゆっくり」とウインクしてから去って行った。


「あの……。私も帰るね」

「え、なんで?」

さっきの言動が痛過ぎるからに決まってんだろうが!と言いたいが、とにかく今は恥ずかしくてここから逃げたい。


「やだ、帰さない」

「私がやだよ!帰る!本当に勘弁してー!」

「だーめ。璃乙があんなに嫉妬するなんて、本当に驚いたけど……。すげー嬉しかった」

「え。ドン引きしたんじゃ、」

「姉ちゃんに童貞云々はちょっと参ったけど。オレが浮気したと勘違いして荒ぶる璃乙、可愛いかった」

「……マジか」

「マジっス。てか璃乙、彼シャツとかしたかったんスね」

「いや、あれは勢いで、」

「それに、オレの為にやらしー下着買ってくるとか……んもー可愛い!小悪魔ちゃん!」

「ちょ、離して!」

浮気疑惑の緊張が幾分かとけると両足が震えていて立っていられない、と思っていた璃乙を抱き上げてソファーに座る黄瀬に、すりすりと頬を擦り付けられていた。


「……もう、あんなのやだ。本当に、やだ」

「ごめんね、不安にさせちゃって。でも、この部屋に入れるのは璃乙と家族だけだから、信じて?」

「……絶対に?」

「絶対。約束する」

さっきは我慢していた涙腺は真剣な言葉で脆くも決壊してしまい、ポロポロと雫が瞳から零れて落ちる。濡れた瞼から目尻、頬っぺたまで黄瀬からキスを降らされるのが心地好くてされるがままだった。


「だからもう、泣かないで」

「こんなみっともなく、泣かないつもりだったのに」

「そんだけオレを好きってことでしょ?璃乙を泣かしたくないけど、嬉しい。つうかオレ、璃乙一筋なんで浮気なんて絶対しないっスよ?」

「そんなの解んないじゃん……。男だし」

「璃乙じゃないと勃たない」

「……ばーか」

なんて言いながらも黄瀬の言葉は嬉しくて広い肩に顔を埋めると、今度はつむじにキスを落とされる。浮気されたことはあっても相手との鉢合わせなんて初めてで、勘違いだった事に心底ホッとしていた。


「何時もオレばっか焼きもち妬いてバカみたいって思ってたから、なんか安心したっていうか。オレってば璃乙にちゃんと愛されてるんスね!」

「当たり前でしょ」

「あと……オレ、璃乙に会いたくて仕方なかった。タイミングはちょっとアレだったけど、来てくれてありがと」

「……うん。私も会いたかったから」

恥ずかしくて死ねると思っていたのに黄瀬は嬉しくて堪らない、というような表情なので璃乙はポツリと素直な心情を告げた。


「璃乙、大好き」

「私もだよ。涼太が大好き」

ちゅ、と優しくキスをされて落ちていた気分がかなり上がってくる。まさか勘違いとはいえあんなに激昂するだなんて自分で自分が信じられなかった。どうやら思ってる以上にこの年下彼氏に惚れているらしい。安心したらお腹が減ってきて、生パスタを買って来たのをすっかり忘れていた。料理なんか苦手だったのに最近は黄瀬にヘルシーで美味しいものを食べさせてあげたくて、マメに作るようになっている。そんな変化も黄瀬のせいだと思えばくすぐったい気もするが、幸せだなぁなんて璃乙が笑みを浮かべると黄瀬も伝染したみたいに柔らかな笑顔を見せてくれていた。


title:深爪
20131209
20131212加筆修正


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