「やだ、触んないで」

言った途端にヤバい、と後悔したが黄瀬の表情は一瞬で凍りついた後に泣きそうな子供のように歪み、それを見られたくないのか直ぐに隠すように背中を向けていた。しかし大きな身体でソファーの上に寝転び丸まる絵面はぶっちゃけ間抜けで、悪いとは思いながらもつい璃乙は吹き出しそうになる。


「あの…。涼太、ごめん。触らないでってのはそういう意味じゃ、」

「……」

「ね?今はペディキュア塗ってるからさ、それで」

「なんか声に笑いが含まれてるんスけど」

「だって涼太がそんな大きな身体して拗ねるから」

「…璃乙のばか。オレすげー傷付いたのに」

余計なことを言って黄瀬は益々面倒くさい方向へ拗ねてしまったようだ。まだ完全に乾いていないペディキュアに注意しながら、広い背中にそっと手を添える。遡ること1時間前。明日は撮影で海だしやっぱビーサンにはペディキュアが必須!と璃乙は張り切って塗り始めた。久しぶりに会った黄瀬はくっつきたいのを我慢して、律儀に塗り終えるのをウズウズしつつもちゃんと待っていた。
が、フレンチ部分を真剣に塗り始めた璃乙が無言になり、寂しさに堪えきれずに手を伸ばす。今までにない程に完璧に仕上げられそうだと集中していた為に、ポロリと零れた言葉は黄瀬へ悪い意味でクリティカルヒットを与えたらしい。そんな訳で話は冒頭に戻る。


「だから、本当にごめん」

「……」

付き合ってる相手に言われたら自分だって傷付くのは間違いないし、更に笑いを堪えて謝るのは申し訳なかったと反省していた。見た目はクールなのに黄瀬はスキンシップ大好きらしく、2人でいると必ずくっついてくる。だがペディキュアを塗り終えるのを待てないのは如何なものかと思うが、哀愁漂う背中は相変わらず広いのに切なささえも感じさせていた。


「ね、涼太。許して?お願い」

ちゅ、と耳たぶにキスを落とすと手を置いていた逞しい肩がビクリと揺れる。


「璃乙、ズルいっスよー。そんなんするの」

耳たぶから頬までうっすらと朱が広がっているのと幾分和らいだ声に璃乙は内心ホッとしていた。


「涼太が怒って顔を見せてくれないから…。嫌われたのかと思って」

「怒ってないっスよ…それに嫌いになる訳ない。でも傷付いたし…、悲しかった。自分で驚くくらい」

そんな切な気な黄瀬の呟きに、こちらまで胸が苦しくなってしまった。


「璃乙、触ってもいい?」

「うん。涼太に触って欲しい」

もぞもぞと振り返ると琥珀色の瞳は若干潤んでいて、自分の軽はずみな発言に落ち込みそうだ。


「抱っこしてくれる?」

「本当に…璃乙には敵わないっスわ」

ソファーに座る黄瀬に横抱きされて同じボディソープの香りと温もりに包まれて、首筋に顔を埋める甘えた仕草が擽ったくも愛しくて堪らない。


「…やっと璃乙に触れた」

「私も最近思うよ。甘えん坊な涼太には敵わないって」

「オレ…。甘えん坊っスか?」

「うん」

甘えん坊で可愛い、とは言えないが普段は大人びた黄瀬の意外なギャップを知る度に惹かれていくのは事実だ。


「初めて言われた…。でもこんなにくっつきたいのも甘えたいのも璃乙だけだから」

「うん」

「ねー、璃乙。ちゅーして?」

「え、」

「仲直りのちゅーして欲しいっス」

「さっき耳たぶにしたじゃん」

「ちゃんと唇にして!」

ちゃんとって何だよ、と苦々しく思うが今回は自分に非があるので仕方ないと跨がる形で顔を近付けて触れるだけのキスをした。勿論それだけでは終わらず黄瀬の手が後頭部に添えられたのが合図みたいにキスは濃厚なものへと変わってゆく。キャミソールの裾から忍び込む手を止めるとお得意の甘えた顔に加えて、熱を孕んだ囁きが璃乙の鼓膜を震わせていた。


「このまま…えっちしよ?璃乙」

「だめ、」

「え、なんで。そういう流れでしょ、ここは」

「明日から沖縄でしかも涼太の撮影でしょ。肌のコンディション気にしろデルモ。それに私まだペディキュア塗り終わってないし」

「じゃあ残りはオレが塗ったげる」

「え」

「オレ塗りながら喋れるし。んで塗り終わったらベッド行こ?」

「だから明日から撮影旅行だから、」

「えっちした方が、お互い肌にも良いって。はい、足出して」

「ちょ、やだ、」

「うわ、小指の爪小さっ!」

強引に足首を掴まれて渋々と従うと器用な黄瀬は璃乙よりも上手く塗っていて、正直ムカつくが最初からやって貰えば良かったかも…と考えていれば温かい息が足にかかる。


「やっ!これ速乾性だから息かけなくていい!」

「……。璃乙、足の指も性感帯?」

「黙れ変態」

「じゃあ後でベッドで確認するっスわ。オレ変態なんで」

「変態認めた!ん…、だから息かけるな!」

「かーわい。あ、沖縄のホテルで夜這いに行くから待っててね、璃乙」

修学旅行か!と突っ込むも璃乙と初めての旅行っスねー!と機嫌よくニコニコと笑みを溢していて、新しくビキニを買った自分だって楽しみにしているのは確かだった。


title:寡黙
20130714


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