「黄瀬なんて絶対、浮気するって。だから俺にしなよ」
告白を断ればそんな言葉で食い下がられて名前はウンザリしていた。
イケメンモデルの黄瀬涼太は彼女が何人もいるとか、直ぐに捨てられるとか。
嫌なことばかり言われるのは正直慣れっこだが、それ以前に問題があった。
(浮気うんぬんの前に、まだキスしかしてないっつうの)
手が早いと聞いていたのに手を繋ぐのに1ヶ月、更にキスするのに3ヶ月。
そして付き合い出して既に半年、未だにプラトニックな間柄だった。
(…まさか私じゃ無理で他の子と浮気してんの?)
ネガティブ過ぎる思考に捕らわれていれば更に男子生徒は近付いて来る。
「ねー、俺と付き合おうよ」
「ちょ、触らな…」
「何してんスか」
肩に手が伸びた瞬間に屋上の入り口から聞き慣れた声が聞こえた。
見たこともないような不機嫌な顔さえも綺麗なのは流石はモデル、だなんて冷やかせない程に黄瀬は怒っているようだ。
「アンタさ、」
ジロリ、と鋭い目線で威嚇する黄瀬は男子生徒より遥かに背が高い。
「オレの女に手を出してんじゃねーよ」
怒りオーラにビビって逃げ出す男子が入り口から消えるまで見送ると黄瀬はクルリと振り向いた。
黄瀬がそんなことを言うなんて意外で、でも凄く嬉しくて堪らない名前はついやけてしまう。
「何、ニヤニヤしてんの」
「え、」
「あんな奴に気安く触らせてんじゃねーよ」
制服の肩の汚れを払うようにパシッと軽く叩かれると、慌てて口元を引き締めた。
「オレが来なかったら奴に変なコトされてたかもしんねーのに」
「…あの、」
気付けば壁に追い込められ更に黄瀬の両腕で左右を閉じ込められている。
じっと見下ろす琥珀色の瞳には怒りの他に違うものが混じっていて、それが今の名前には解らない。
膝を曲げたのかグッと綺麗な顔が迫ってきて、堪えきれずに俯くと強引に顎を掬われた。
(あ、オスの瞳だ)
さっきまで解らなかった黄瀬の瞳に宿るのは多分、オスの本能剥き出しの光だと確信する。
何時も人懐っこい笑顔ばかり見てきたので正直、こんな黄瀬は初めてで怖くて心音が速まっていた。
「…オレが怖い?」
制服の少し緩めたネクタイとシャツの隙間から見える鎖骨、そこから漂う男のフェロモンが酷く魅惑的で、自然と震え出した名前はただ黙って頷くしか無い。
「あのさ、」
ぎゅ、と小刻みに震える名前の身体を抱き締めて黄瀬は低めの声で囁いた。
「ずっとカッコつけて余裕あるふりして我慢してきたけど、本当のオレってこんなんだから」
首筋にあたる温かな吐息がくすぐったいが身を捩ることも出来ない。
「名前はオレをわんこみたい、なんてよく言うけど。何時だって触れたくて仕方ないし、やらしーコトだって本当はしたい、ただの発情期の狼みてーな男」
「……」
「お家デートの度に、どんだけオレが我慢してたか知ってる?」
段々口調も語尾も弱々しくなるのを感じてそっと見上げると、黄瀬はくぅん、と鳴きそうな、いや、泣きそうな顔になっている。
「涼太君」
「こんなオレ、ガッカリしたっしょ」
「しないよ」
「え、」
デートの別れ際に「今日、うち来る?」と誘われるのを期待したり、お家デートの度にちょっとアダルトな展開を望んだり。
そんな自分を性欲過多な女かと自己嫌悪していたが、それは黄瀬も同じだった訳で妙に安堵していた。
「私、カッコいい涼太君も好きだけど、今の涼太君も凄く…好き」
「マジで?」
「ん…、私も、あの…。もっと、涼太君に触れたいとか…、触れて欲しい、って思ってた」
恥ずかしくて声は小さくなるし頬は焼けるように熱いが、黄瀬が正直な気持ちを打ち明けてくれたのだから、名前も稚拙ながらも伝えたい。
「ありがと、名前。好き、大好き」
「ん、私も大好き」
「名前にキスすんのも触るのも…、やらしーコトすんのもオレだけだから」
約束、と囁いた後には甘いキスを贈られるのを期待していればパクリ、と鼻を食まれて呆気にとられていた。
鳩に豆鉄砲という諺そのまんまの名前の表情を見て、ニヤリと黄瀬は唇に綺麗な弧を描く。
「オレ、名前にだけは嫉妬深いし、独占欲強いみたいなんで。覚悟しといてね?」
絡め取られた手の甲にキスしながら名前を上目遣いで見る、黄瀬の色気に目眩を感じながらも頷いていた。
title:レイラの初恋
20130101