見上げれば青空にぷかりと浮かぶ白い羊みたいな雲が目に入る。
テスト終了後は部活も無く、久々にゆったりした時間を黄瀬と名前は公園で過ごしていた。
ベンチの隣に座る黄瀬は苦手な勉強から解放されても尚、若干目の焦点が定まらない程に弱っている。
よしよしと頭を撫でてやると、嬉しそうにニコリと無邪気な笑みを浮かべた。
「あ、わんこ」
散歩中らしい日焼け対策万全の中年女性が、ゴールデンレトリバーを連れて二人に近付いて来る。
「ほら、リョータ。お水」
ピクリと小さく涼太が反応して、ぷっ…と思わず名前が吹き出すとムッとしていた。
「なんスか」
「だって、涼太と同じ名前っ」
「あっちは犬っスよ」
真っ黒で人なつこい瞳を輝かせるリョータはブンブンと尻尾を千切れんばかりに振っている。
「リョータ、お手。はい、お利口さん〜。待ては?」
鼻先にビーフジャーキーを乗せられて涎を垂らしそうになりながらも、リョータは必死に堪えて伏せながら待っていた。
なんだ、このデジャブはと黄瀬は複雑そうな顔をして目を反らす。
ぷぷっ!堪らずに吹き出す名前は普段の二人のやり取りを思い出してしまう。
所構わずにキスやハグをしたがる涼太を宥める為に、「待て」を強要すると条件反射でちゃんと待つのだ。
「涼太よりも待てが上手いんじゃない?」
「オレは涎なんか垂らさないっスよ!」
「涎垂らす彼氏なんてやだ」
「なんかオレ、情けないっスね…」
自分とゴールデンレトリバーの姿を重ねたのか、ボソリと悲しそうに呟く。
「あら、リョータ君。待てが上手ねぇ」
背後から犬仲間らしき小型犬を連れた女性がいつの間にか現れてリョータの頭を撫でていた。
「最近、やっと出来るようになったの。じゃあリョータ、あれを見せてあげようか。ちんちん!」
中年女性の思わぬ言葉に二人はピキッ!と身体を強張らせる。
公衆の面前で何を言い出すのかと、赤面していた。
しかしリョータはひょいっと両前足を揃えて上げて、ハッハッと舌を出してポーズを決める。
「あらぁ〜、リョータ君、ちんちん上手!」
「ふふ、リョータってば、ちんちんが一番得意なのよ〜」
そんな躾のポーズがあったのかと名前はどぎまぎしながら冷や汗を拭っていた。
「…オレも犬のリョータも得意なのは同じっスね」
「な、何を言ってんの!」
「名前はイヤって程、知ってる癖に」
「うっさい!」
さっきまでの忠犬みたいな顔は消えて、意地悪な笑みで名前を覗き込んでくる。
「名前、いこ」
「…何処に?」
「オレんちに決まってるっス。ほら早く」
右手を引っ張られてベンチから立ち上がると、強引に歩かされていた。
「ちょ、涼太?待って!待て!」
切れ長の琥珀色の瞳からは男のフェロモンが既に放たれ始めていて慌て出す。
「待てない」
この駄犬が!と舌打ちしても力の差は明らかで、歩みを止める術は無かった。
「名前の躾はまだまだ、って感じっスね?」
腹立たしい程に余裕たっぷりの黄瀬が耳元に小さく囁いてくる。
(夕飯まで、名前にいっぱいじゃれるっスよ?)
勿論、性的な意味で。と付け加えられて冷や汗が背筋を伝う気がする。
ランチを食べた帰り道なのでまだ昼下がりの時間。
どんだけじゃれられるのかと溜め息を吐き出しながら、黄瀬のマンションまで歩くしかなかった。
title:レイラの初恋
20121007
20140101修正