「氷室先輩って、お兄ちゃんみたいに優しいから、」

「俺も名前ちゃんのこと、妹みたいで可愛いと思ってるよ」

今思えば、あの日の会話がいけなかった。
クラスメイトの紫原にバスケ部の先輩だと紹介されて一目惚れしてしまい、少しでも側にいたくて子犬のように懐いた名前に不思議そうに氷室が訊ねてきた時。
素直に「好きだから」と言えば良かったのに、確かに兄がいたらこんな感じかな、とは思っていたが明らかな失言に違いない。
あの日以来、氷室はハッキリと線引きしてきたのだ。君は可愛い妹みたいな存在だと。
モテる男だけに変に期待させずに早めに女には線引きするタイプなのだろう。


「名前ちん、また可愛いくなったね」

「敦君…。ありがと」

「って、室ちんも言ってたし」

「ほ、本当に?」

「んー。マジで」

妹みたいで、から脱却すべく名前はひたすら努力をした。スキンケアから髪のお手入れ、眉毛の処理やらナチュラルなメイク。少しでも氷室に「女」として意識して欲しかった。
が、本人からそれらしき言葉は貰えず腐りそうになるが、何故か男子生徒から告白される機会がやけに増えたのは皮肉だ。
紫原から氷室には弟分の火神という男がいると聞かされて、弟も妹もいるのかよ!とキレそうになったこともある。

もうすぐ氷室の誕生日、という頃に名前はショッキングな場面に居合わせた。
正確には夕暮れ時の二年生の教室で氷室と綺麗な女子生徒が話しているのを廊下から盗み見していたのだが。
案の定、彼は告白されていた。が、やんわりと断られて表情が険しくなった女子生徒の「なんで?好きな子がいるの?まさか、あの一年の苗字って子?」と洒落にならない質問にビビり名前は続きを聞く勇気がなくて逃げるように廊下を走り去った。

果たして氷室はなんと答えたのか。気になって仕方ない。モヤモヤした気持ちのまま、氷室の誕生日を迎えてしまった。
このままハッキリしないままよりは当たって砕けた方が良い…のだろうか。以前と変わらず氷室は優しいが、それはファミリー的な意味合いな訳で。名前が望むものではない。
側にいられてもいつか「彼女」という存在が現れれば自分は「妹」としてそれを祝福しなければならない。


「氷室先輩っ!」

気付けば昼休みも終わる頃、強引に氷室を引っ張り屋上まで走っていた。


「名前ちゃん?」

いきなりの行動に怒りもせず、息も乱さずに氷室は北風の吹き付ける屋上で名前を見つめている。


「…私、私っ、」

息が整わないままに思いが溢れて止まらない。


「氷室先輩をお兄ちゃんみたいなんて言ったけど、本当は、」

「名前ちゃん、落ち着いて。はい、深呼吸してみて」

「あ、はい」

すーはー。と深呼吸してみると多少は我に返り、自分本位な気持ちで先輩を連れ出してしまった、やっぱ私、子供じゃん、なんて考えて涙が込み上げるのを耐える。


「…すみません。急にこんなとこに引っ張り出して」

「かまわないよ。それよりも続きを聞きたいな」

「……。」

名前の大好きな柔らかな笑顔に鼓動は更に速まるが、不思議と言葉を続ける勇気も貰えた気がした。


「私、氷室先輩が好きなんです。お兄ちゃんとかじゃなくて、男の人として。でも先輩が私を妹としか思えないなら、もう離れ…」

「離すつもり、ないけど」

「え、」

長身の氷室に包まれるように抱き締められている、と気付くまで数秒かかった。
凄い良い匂いがするとか、制服のニット越しにも体温って伝わるものなんだとか、余計な方向に向いた思考は耳たぶにかかる熱い吐息と甘やかな声色で、一気に氷室だけに集中せざるを得ない。


「俺も名前ちゃんが好きだよ」

「…それって、」

「勿論、妹的な意味じゃない。そうだな…アガペーよりもエロスが上回るって意味」

「…?」

「ちゃんと哲学の授業聞いてなかった?」

こくりと頷くと少しだけ二人の間に距離が空いて寂しく感じていると、直ぐに綺麗な顔が迷いなく名前に近付いてきた。


「ちょ、氷室先輩、近いっ」

「名前ちゃんに教えてあげようとしているんだから、ちゃんと俺を見て?」

「うぅ…。はい、」

恐る恐る見上げるとコツン、互いのおでこが仲良ししていて氷室の泣き黒子しか見ることが出来ない程に緊張してしまう。


「名前ちゃんにお兄ちゃんみたいなんて言われてショックだった。だから妹みたいと返したけど、あんなの嘘だよ」

「……私、ちゃんと氷室先輩に女として見て貰えてますか?」

「勿論だよ。どんどん綺麗になっていくのを見ながら焦ってた。他の男に見せたくない位に。それに…妹だったら出来ないようなことを名前ちゃんとしたい、なんて考えてた」

「え、」

「俺が名前を色んな意味でオンナにしてあげる」

そんなことを囁かれて真っ赤になり、しどろもどろになっていると「覚悟しておいてね」と優しく見つめられて「お手柔らかにお願いします」なんて答えたら笑われてしまった。


「今日は俺のバースデーなんだけど、最高の気分だよ」

「氷室先輩、ハッピーバースデー、です」

「ありがとう」

「あ、プレゼント教室に置いたまま」

「今すぐに欲しいものがあるんだけど」

「今すぐ?」

「名前は目を瞑るだけでいいんだよ」

「え…、えっ?」

唇に温もりと幸せを感じるまで、あと三秒。



氷室君、happy birthday!
20131109
title:寡黙

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