花火大会に集まる沢山の人波を避けて二人がやっと一息つけたのは洒落た飲み屋に隣接する空き地だった。
飲み屋のマスターの計らいなのか簡易ながらもベンチが並び、喧騒を離れてゆっくり花火を見たい人々には穴場的なスポットらしい。


「喉渇いたね」

「名前さん、なんか飲む…っすか?」

「うん。私買ってくるね」

「や、俺が買ってくるから待ってろ…です」

「じゃあ、ラムネがいいな。はい、お金」

「俺がおごるから」

名前が差し出した小銭をスルーして火神はスタスタと向かい側にある屋台へと歩いて行った。


「火神君、ありがとう。いただきます」

「ん、」

きゅ、とコーラのペットボトルの蓋を開けながら火神は眉をしかめていたが、何か覚悟を決めたように一度座り直してから名前を真剣に見つめてくる。
身長差と同様に座高だってかなり差があり、名前は黙って見上げて彼の言葉を待った。


「あの…。今日は俺の誕生日で、」

「うん、知ってる」

「え、」

「こないだ黒子君が教えてくれて」

「そうなんすか…」

ガシガシと髪をかき上げてさ迷わせていた目線を再び名前に戻す頃には、火神は暑さのせいだけではない赤みを頬に浮かべている。


「火神君、お誕生日おめでとう」

「ありがと…です」

「まだ16歳か。若いなー」

「あんま変わんないっすよ…。名前さんと。つか今日で1歳縮まったし、」

「あ、花火始まったよ」

わざと話を断ち切るように思えてムッとしたのが解ったが、夜空に打ち上げられるカラフルな輝きに暫し二人揃って見惚れる。


「俺、まだ高校生だしバカだしバスケしか得意なもんねーけど。名前さんが本気で好き…です」

「私、」

「年上だからとか、そんな理由で断るのはなしっすよ」

「…でも」

「頼むから…ただの男として俺を見ろよ」

視線と同じ位に真摯で真っ直ぐな言葉は迷っていた名前のハートを撃ち抜くには充分だったが、鼓動までも落ち着かなくて目を反らしてしまった。
告白が若さ故の勢い、だけではないのは解っている。真っ直ぐな性格で無愛想だが意外に紳士的で優しいし、実は料理上手で面倒見が良いところ、知る度に惹かれていく自分がいた。

何度も一緒にご飯を食べたり出掛けたりして曖昧な関係で満足していたはずだったのに、やんちゃな弟みたいで可愛いなんて思ってた癖に。
仕事帰りに偶然会った時に火神が同じ高校の先輩だと可愛い女の子を紹介した時に、無意識に抑えていた自分の中の恋心と同時に醜いオンナの部分も目覚めたのだ。

高校生の火神とは経験値も価値観も何もかもが違うし、この先だって色んな悩みが増えるに違いない。
それでも純粋な彼に会って話す毎に離れ難くなる想いは募ってゆくばかりで、本当は火神から言ってくれるのを待ち望んでいた。
でも名前の唇はこんな蒸し暑い最中で凍りついて開くことが出来ない。
答えなければ、彼の真剣な気持ちに。早く、早く。
気持ちばかりが焦っていると、ふいに後方から小さな赤い流れ星が花火へ向かって真っ直ぐに流れてゆくのが目に入った。


「あ、」

「初めて…見た」

「俺も」

妙な雰囲気を打ち消す流れ星に浮かれて二人が見つ合うと周りに居た人達も口々に「流れ星!」「ラッキー!」と感動や歓喜を共有している。


「あ…わりぃ…」

流れ星を見た興奮の為か名前の手に自分のものを思わず重ねたのに気付き火神は謝るが、その大きな手を握り返していた。


「火神君」

「……」

先程の返事をやっとくれるのかと火神の表情に一瞬、緊張感が走る。


「今、流れ星見た時、私…。あんな短い時間だったのにお願い事してた」

「…俺も」

「本当に?」

「マジだよ」

「じゃあさ、流れ星に願ったこと、私にメールしてよ」

「は?」

「ほら、早く。私も送るから一緒に見よう」

「いや、つか…。さっきの返事は…」

スマホを取り出す名前を見て「スルーかよ!」と文句を言う火神も渋々と携帯を打ち始めた。
直ぐに受信されたメールを見て口元が緩み逞しい腕に頭を預けて、今こそ素直になる時だと決めて口を開く。


「私も火神君が好きだよ。来年も一緒に花火を見に来ようね?」

「何言ってんだよ」

「え?」

「これから毎年、見に来るに決まってんだろうが」

「うわ…天然たらし」

「たらしじゃねーよ!」

花火を見に来たはずなのに結局お互いしか目に映らないような夜。
大切な人をお祝い出来て正直な想いを伝えられて特別になった日。


火神君happy birthday!
20130803
title:唇触

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