「危なっかしーな、お前」
「え、」
まな板で玉ねぎを刻んでいれば様子を窺っていた火神が心配して、背後から覆い被さるようにして包丁を取り上げる。
「名前。手ぇ切るから、左手はグーにしろ」
「…うん」
トトトトト、と火神が軽やかに玉ねぎを薄切りする光景を見ながらも、名前は背中に感じる逞しい胸筋や腹筋が気になり、適当に答えていた。
照れ屋な癖にこうしたスキンシップを然り気無くしてくるのは何時ものことだが、未だに慣れなくて言葉が少なくなってしまう。
「お前はこっち側な」と歩道側を歩かせるとか、お店や自宅に入る時は名前が先とか、そんなのは数えればきりがない程に、レディファーストが身に付いた男なのだ。
バ火神の癖に。と毒づくもそんな行動にいちいちときめいてしまうのだから仕方ない。
結局共同で作った夕食を食べ終えてからソファーでまったりしていると、「なんか飲むか」と聞いてきた。
至れり尽くせりだなぁ、と思いながら「クリームソーダ」と答えると数分後には目の前に差し出される。
「名前は本当にクリームソーダ好きだな」
「うん、大好き」
ホットコーヒーを飲みながら名前がバニラアイスをスプーンで掬う姿を火神は目で追っていた。
「……大我、食べたいの?」
「一口食いたい」
「いーよ、ほら」
「え、いや、ちょ、」
戸惑う火神の少しだけ開いた唇の隙間にスプーンを侵入させる。
「美味しいでしょ?…って、なんで大我、赤くなってんの?」
「お前が…、食わせるからだろうが」
「大我が食べたいって言ったんじゃん」
「言ったけど、」
「あ…。まさかアーンしたのが恥ずかしかったの?大我の顔、可愛いかったよ」
「バ…、カ!可愛いとか言うな!」
そうか、大我はこんなのは恥ずかしいんだ、と新発見した名前はニヤニヤと口元を緩ませる。
「ニヤニヤしてんじゃねぇよ。ほら、これ見たいって言ってただろ」
「あ、やった!見よう!」
名前が見たいと言っていた映画をちゃんと火神は覚えていて、DVDをレンタルしてきてくれたのだ。
意外にマメで料理上手で紳士なイケメンで、かなりレベルの高い彼氏だと思う。
並んで映画を見ながらヤバい泣ける、いやもう泣いてる全名前が泣いた。そんなシーンが涙で歪む中でポンポンと頭を優しく撫でられる。
「ほら」
とティッシュペーパーを渡されて涙を拭いてから、広い肩に頭を預けた。
大きな手が名前の手に重ねられて、自然に絡め合うと安心感に包まれる。
映画のエンドロールが流れてぼうっとしていると、隣からの視線を感じてチラリと見れば、火神と目が合っていた。
どんどん距離が縮まり吐息が掛かった次の瞬間には目尻にキスが落とされる。
「あ、の、」
なんでキスしたの、なんてヤボな質問だとは思ったが、じっと見つめると火神は意味を感じとったのか口を開いた。
「涙」
「え」
「涙が残ってた」
だからキスしてみたらしい。
結構この男は天然タラシなんじゃないかと複雑な気持ちになったが、下心のないキスは思った以上に嬉しくて繋いだ手をぎゅっと強く握りしめる。
「大我」
「ん?」
「好き」
「知ってるけど」
「昨日よりも、さっきよりも、好き。大我が大好き」
「……っ、」
開いた手で口を塞いで俯いてしまった火神は顔を覗かなくても耳まで真っ赤で、きっと照れまくっているのだと解った。
「お前、なんなんだよ」
「言いたくなったんだもん」
「心臓止まるかと思っただろうが、バカ」
「可愛いー!まさかのキュン死?でも死んじゃヤダ」
「死なねぇよ」
お前みたいな危なっかしい奴が心配だからな、と続いた言葉は小さかったがしっかりと名前の耳に届いている。
「ね、大我。今度はここにキスして?」
引き寄せた長い指先を自らの唇に当てて見上げると、火神は仕方ねぇな、と呟きながらも優しくキスをしてくれた。
自分からキスを欲したのは初めてで恥ずかしくて頬を広い胸に埋める。
そこから聞こえる鼓動が名前と同じ位に早いリズムを刻んでいるのが嬉しくて、しばらく瞼を閉じて聞いていた。
title:誰そ彼
20130428